第四十五話
配布物の電子化――とは言っても順番に写真を取るだけのいわゆる自炊作業――も一区切りついた。
「何とか終わりそうだな……」
祐堂の言葉に一瞬反応が遅れる。
「ああ。それもこれも皆の御蔭だな」
私立瑞宝学園高等学校は、部活動に入ることを強制されない。しかし多くの生徒は何かしらの部活動に参加する。
入部したてのこの時期に部活を休ませるのは忍びなかったのだが……
『あの部屋を整理するとなると人手必要だよね? 皆に声掛けておくね』と、志乃亜さんの鶴の一声によって、人手不足は解消され今までシナリオイベントに絡んでこなかった。
サブキャラクターの『山本・W・八枝子』や『保科頼母』を始めとしたキャラクター達が手伝ってくれた。
しかし、『洞口秀夢』を始めとした一団は一度も顔を出さなかった。
クラスから彼ら『勇士』が浮いているのが気になる。
ふふふ、分る。分るよー洞口君。【任意】と言う強制が嫌い何だろう? 俺の昔はそうだった。……でも無駄に肩肘張って周囲の輪を乱していれば、目の敵にされて自分の居場所がなくなってしまう。
つまり相手と自分が妥協できる点、ウィンウィンの反対。ルーズルーズを探すことが必要になる。
だけど無理は続かない。
適度に自分を許せる “甘さ” が必要ななんだ。
――と前世の俺自身の経験を交えつつ、役目を洞口に押し付けてしまった後ろめたさを感じる。
出来る事なら洞口を救ってあげたい。
しかしこの世界は、ラブコメの世界。
主人公達にとって障害となるイベントを求めている。
「真堂、おい真堂?」
祐堂の呼びかけで我に返る。
「あ、悪い考えごとしてた……」
「判る。判るぞその気持ち……洋宮会長スパルタだもんな……この量の仕事を二人でなんて土台無理なものだけど」
「残業続きだったもんな……」
申し訳ないことに、成嶋さんを待たせる日も多かった。
多分、洋宮先輩なりの俺に対する復讐なのだろう。
「この量の仕事を一週間で片付けなさい」と言う……。
裏の意図としては、先輩や同級生、クラスメイトを頼って共通の敵……つまり、洋宮を使って俺の地位を改善しようとしたのだろう。
全く食えない女性だ……
そんなことを考えていると山本さんがこんなことを言った。
「二人とも先に帰りなよ」
「でも鍵返さないと……」
「生徒会の二条先輩にはワタシが言っておくから」
「はい。はい帰った。帰った」
俺達二人は顔を見合わせるとこう言った。
「悪いな先に帰らせてもらうわ」
「お疲れ」
「「「「「お疲れ」ー」つー」」」
二人して押し出されるように教室を後にした。
………
……
…
うちの学校は広い方く施設も整っている。
トレーニングジムや一年中使える温水プールがあり、冬季には近所の中学生に開放していたりする。
確かサブヒロインの一人が温水プールで、出会ってた気がする。
閑話休題。
何となく、皆に悪い気がして校舎を避け待ち合わせの裏庭に向かう。
すると裏庭の方から男女の言い争うような声が聞こえた。
他人の恋愛事情のようなプライベートなことに首を突っ込むなど野暮なことだ。
しかもここはラブコメの世界、きっとそんな奴は馬に蹴られてしまう。
成嶋さんとの待ち合わせをしているため、遅れる訳にはいかないので抜き足差し足で忍び寄る。
「あの、いまはそういうのいいですから……」
成嶋さんの声が聞こえる。
告白の現場など、告白した男の方も、告白された女の方も覗かれていたと知れば、怒ったり恥ずかしがったりするものだ。
公共の場ではなく人目の少ない裏庭で態々告白しているのだ。野暮なことはせず立ち去って頃合いを見計らって戻るべきだ。
成嶋さんに今必要なのは、痴漢されたことから立ち直る勇気だ。
電車に乗る時に成人男性が乗り込んできても、怯えることなくひだまりの日々を過ごすことが出来る環境……。
それを提供できるのは “友達” ではなくもっと深い関係……。
敢えて言葉にするのであれば……そう “恋人” あるいは……
そんなことを考えていると男の問い詰めるような棘のある声が耳に届いた。
「じゃあいつならいいの? 俺の何が不満なのかそのぐらい教えてくれない?」
駄目だ駄目だ。と判っていても壁に体を寄せ、聞き耳を立ててしまう。
バレないように壁際から顔を覗かせると予想通り、成嶋さんと長身の男が話している。
幸いなことに二人とも俺に気が付いてはいないようだ。
「私は――」
「だからさ、とりあえずイヤだとかその程度ならまずは付き合ってみてもいいと思わない?」
どうやら周囲に気を配っている余裕は無いようす。
男子生徒は背を向けていて顔が見えないものの、タンタンと爪先が動いているを見るに興奮しているようだ。
男子生徒の背格好には見覚えが無い。
恐らく原作で登場したキャラクターではないのだろう。
しかし対する成嶋さんはと言うと、若干迷惑そうな表情を浮かべているのは、初めから受け入れる心算が無いからだろうか? はたまた俺を待たせる可能性を考えての事だろうか?
「私はあなたの事をしらないし、知りたいとは一ミリも思っていないから――」
 




