第二話
現状の確認とばかり自分のへやを見回す。
8畳ほどの室内に壁埋め込み式のクローゼット、シンプルなベッドそして学習机があり、その横には鞄が掛けられている。
早速鞄の中を確認すると、教科書や生徒手帳が入っている。
「中学……いや高校生か?」
疑問を解明するために生徒手帳を開く。
瑞宝学園高等学校
学年学科 1年生普通科
氏 名 真堂恭介
うん、やっぱり真堂恭介だ。
他人の空似に一縷の望みをかけてみたものの、やっぱり現実は非情だった。
生徒手帳を閉じ、今度はスマホの中身の確認だ。
幸いロックはかかっていなかった。
何ともまあ無用心な…と思いながら、ロックが掛かっていないから開けるんだとプラスに考えることにした。
日付を確認してみると四月八日、俺の好きな後輩ヒロイン登場のおよそ半年前だと判明した。
「物語は既に始まっているみたいだけど、悪役フラグを折って行けば何とかなるかも……」
物語に登場する『悪役』それは主人公を引き立たせるための『対』となるキャラであることが多い。
しかし近年の娯楽作品では、主人公と比べられる為に現れ読者を楽しませ溜飲を下げるために容赦なく敗北させられる惨めな舞台装置にすぎない。
時に悪態をつき、悪事を働き主人公を窮地に陥れるが、結果としてそれがヒロインと主人公を引き立てる事になる。
それは俺の肉体真堂恭介も例外ではなかった。
正史では嫉妬から、事あるごとに主人公に悪態をつき、主人公がやることなすことを否定して回るような性格の悪い奴で、最終的に好意を持っていたメインヒロインに告白する前に、手酷くフラれると言う結末を迎える。
「まあ俺はそんなことしないんだけどね、後輩ヒロインちゃんの方が好きだし」
真新しい学生服に袖を通すと、襟の帯をきつく締め、ダメ押しとばかりに顔をパンと叩き気合を入れる。
「よし!」
ここが本当にラブコメの世界なのかは、この目で多くの証拠を見なければ判らない。
主人公やヒロインズを確認してしまえば俺が悪役である事は確定する。
だがしかし、それは同時に後輩ヒロイン『葛城綾音』が存在していることと同義だ。
創作物でしか体験したことの無い、輝かしい学園生活を送れる可能性があること、あわよくば後輩ヒロイン『葛城綾音』を俺のモノにできる世界。
俺の中身は成人でクラスメイトの連中は十五か十六、ジェネレーションギャップを感じる部分はあるだろけど所詮は創作物、変なリアリティなどは無いと思う。
そんな欲望と皮算用だけで、自分が死んで悪役に転生したことや悪役としての運命で悩み鬱屈とした気持ちになっていたことなど彼方へ消えさり、希望で胸がいっぱいになる。
「ヘイ、尻」
しかし、スマホのアシスタントが起動しない。
よく見ればリンゴのロゴは付いていない。
そう言えば昔「林檎のスマホは悪役に持たせてはいけない」と、メーカー側がガイドラインを定めイメージ戦略を行っているらしい、と聞いたことがあるのを思い出した。
「日本の創作物も規制するのか……おのれディ〇イド。やはりゴ〇ゴムの仕業なのか?」
ダメだな……つい現実逃避してネタに走ってしまう。
「オッケー、グルグル」
起動した。
瑞宝学園高等学校へ経路と始業時間を調べる……
「始業時間は、九時00分って事は、30分前ぐらいには登校してないと遅刻だよね?」
焦る思考を整理するため、声に出して読み上げながらスマホのデジタル時計を見比べる。
今の時刻は七時後半。
グルグルマップ曰く、約30分の道のりらしい。
「やっば!」
階段を駆け下りると妹も家を出るところだったらしい。
「おにい朝ご飯は?」
「時間無いから食べない!!」
「えー、それだとしなしなになっちゃうじゃん」
「夕飯に食べるから!」
乾燥した冷や飯なら炒飯にでもすればいい。
ソーセージや卵だって温めればいいんだから。
おっといけない、もう時間が無いんだった。
「行ってきます」
朝食も食べずに家を飛び出した。
「バカお兄ぃ! ウチの朝食はシリアルだっての」
妹の独り言は聞こえなかった。