色彩の魔女
趣味は創作小説投稿、さんっちです。ジャンルには広く浅く触れることが多いです。
かなり前に、別サイトで書いた作品です。そのため、ハッピーエンドとは言い難い終わり方です。ご注意ください。
魔女マーブルは世間から「色彩の魔女」と呼ばれる。
理由は単純、色に関する魔法に長けているからだ。そよ風1つも杖から起こせない出来損ないでも、何らかの物体の色は一瞬で変えられる。熟す前の青い林檎を赤くしたり、薄汚い湖を綺麗な青に染められたり出来る。
ただし、あくまで「表面的に色を変える」だけ。林檎はまだ青いときのように固いし、湖の水は実際は汚いまま。色んな色を作ることが出来ても、誰にも必要とされていなかった。相変わらず、出来損ないの烙印を押されている。
それでもマーブルは、決して他の魔法を手に入れようとしない。元々魔女になんかなるつもりもない、ただ色が好きなだけ。だから今日も「色」を使った絵を、独り作り続けている。
ーーー色は色々、この世に同じ色は存在しない。
ーーーまとめられがちな赤も青も、よく見ると違うんだ。
色について語られた絵本を、何度も何度も繰り返して見た幼少期。あのキラメキを抱き続けた結果が、今の彼女。嫌がることなんて何も無い、理解者がいないことも慣れっこだ。
今日も彼女は1人、好きな「色」に囲まれて暮らす。それが描いた夢であり、今でもある。
○
「ここが“色彩の魔女”がいるうちか?」
禍々しい色のモヤは、彼女の元に来るなりそう尋ねた。やって来たバケモノは自らを、物体や生き物に構わず色を食べて生きている・・・通称「色喰い」と名乗った。
モノは色を失うと、無色透明になるのが世の常。いわば消失と何ら変わらない。そのため奴は世間から「凶悪なバケモノ」と見られていることも、自慢げに語ってくる。
「最近、世界でバケモノを倒そうとする動きが活発になってな。勝手に色を奪うと、命を狙われかねないんだよ。でもオレは毎日、色を喰わないとやっていけない。
そこで、色彩の魔女の元に来たんだよ!どんなに色を喰っても大丈夫だと聞いた。なにせお前なら、色に関する魔法を使うことが出来るのだからな」
マーブルは悩んだ。いやまぁ、確かにそのとおりかもしれないけれど・・・私は「色を変える」のであって、望むものと少し違うのでは?私は落ちこぼれだから、貴方の望み通りにはならないかもしれない。
そう言ったが、押しかけてきた色喰いはそのまま、マーブルの元に居座ることになる。
彼女の生活は変わった。とはいえ、そこまで荒れた生活ではない。色喰いは色彩の魔法をつまみ食いする程度で、無理矢理奪って食べる様子は見られない。それどころか色を食べる以外は、友好的にマーブルと接してくれた。
最初は警戒ばかりしていたマーブルだが、次第に色喰いに心を許すようになる。友達のようにお喋りをし出すと、自然と昔の話もしていた。
色が好きなこと、そのことを周りはあまり理解してくれなかったこと。好きなものには囲まれているけど、なんとなく寂しかったこと・・・。色喰いは全部聞いてくれた。何も言わず、聞いてくれた。
時々言い合いになると「人間のくせに」「バケモノのくせに」と、互いに痛い所を突き合う。イタチごっこと水掛け論が続いたと思えば、お腹すいたから終わり、あっという間にティータイムに入った。
マーブルが好きな絵を描くと、色喰いはやはりつまみ食いする。塗った色は一瞬にして、紙の上から消えてしまう。邪魔しないでとマーブルが言うと「オレの色にしてやったぞ!」とからかってきた。
「オレの色ねぇ・・・。あなた、かなりゴチャゴチャした色じゃない」
「それとコレとじゃ違うだろ!オレは“何もない色”こそ、オレを表していると思ってんだよ」
色を食べていると色んな色で染まりそうだが、奴は何色にもならない。だから“無色”こそ自分の色。そういう意味だろうか。
人は(奴はバケモノだが)少なくとも何か1つ、自分の色を持っている。そんな考えを持つマーブルには、少し不思議な話だった。
長いこと、色喰いはマーブルの元に留まった。色喰いはうろついていたら倒されるし、マーブルは色喰いがいなくなれば再び独りになってしまう。互いの利害が一致したから、一緒にいただけ。それでも2人にとっては、幸せすぎる時間であった。
「・・・色、なくなっちゃった」
ある日、色の源がなくなった。色の魔法のためには、材料となる源が必要なのだ。それを調達しに行くには、この家を1日以上離れなければいけない。だが色がないと困るのは、色喰いも同じ。軽いノリで、マーブルは色喰いに留守番を頼む。
「分かった。気をつけて行ってこいよ」
「えぇ、分かってるわ」
こうしてマーブルは1人で、色を取りに行った。
「・・・1日、か」
色喰いはボソッと呟いた。
●
翌日、マーブルが魔法の源を得て帰ると・・・色喰いがどこにもいなかった。いつものように、家を漂っていない。声もしない、気配も感じない。
「色喰い?色喰い!」
呼びかけても返事がない。もう一度、さらにもう一度・・・何度も呼んでみる。
「色喰い!色喰いっ!!」
だが何度叫んでも来なかった。マーブルの目に涙が浮かぶ。1日色を与えなかったから、奴は消えてしまった?まるで、透明になってしまったように・・・。
ふと見ると、真っ白なキャンバスに、汚れのようなシミがべっとり付いていた。こんなモノ、付けた記憶が無いのに。こんなモノ、付けた記憶が無いのに。
その瞬間、マーブルは全てを察した。家の中で変わった場所など、ここしかない。ここに、色喰いは何かを・・・。
ーーー毎日、色を食べないとやっていけない
色喰いの言葉は正しかった。1日何も食べられなかった彼は、色を・・・いや、自我を保つ力を失った。その結果が、このキャンバスのシミだ。簡単に何かしらの色を奪えば良かったのに・・・それをしなかった。
そういえばここにいる間、奴は勝手に色を食べる姿を見たことがない。家の壁や扉も、食器や家具も、そこにある雑草や小石も、何もかもそのままだ。
モノから色を奪うなど、色喰いの嘘だった。彼は具現化する色しか、食べられなかったのだ。
「・・・何で正直に言わなかったのかな」
マーブルの心に、ポッカリ穴が空いた。泣き叫びはしなかったものの、静かに泣いている。
「色喰いの色、作ってあげよう」
キャンバスのシミになってしまったなら、色を作って与えればいい。そう考えたマーブルは、急いで色を混ぜ始める。色喰いの身体は、色んな色を混ぜたみたいだった。
黄色、赤、青、緑、紫、橙、水色・・・とにかく色をひたすら作りまくる。作った色は何度もシミの上に重ねていく。
でも、出来た色は皆少しずつ違う。どんなに重ねても、色喰いに近い色にはならない。自分だけの色は無色と言ってはいた。でも彼には、何かしらの色をあげたかった。
何回、何時間、何日間繰り返したか分からない。マーブルの手は色だらけになっていた。それでも彼女は諦めず、ずっと色を作り続けた。
「だって、私は“色彩の魔女”・・・色の魔法なら、どんなことでもやってのけるもの」
色喰いは、自分の色になれただろうか。コタエのない問を、ずっと考えている。
●
●
それから数年後、突如として過激な魔女狩りが起こる。マーブルも例外ではなく、色彩の魔女と名乗り魔法を使い続けていたことから、呆気なく炎に消えた。色彩の魔女と呼ばれた少女は、最期にこう言ったという。
ーーー貴方の色、見つかった?
マーブルは色喰いのコタエを聞けないまま、この世を去る。彼女の家も、魔女の跡地として焼かれたのだが・・・・・・何故か1枚のキャンバスだけ、ずっと残り続けてしまった。焼け跡から出てきた絵を見た人々は、それが何の作品か分からなかったという。
ただ色を重ねただけの作品、これが芸術なのか?よく見れば不思議と引き込まれるな。でも何か分からないじゃないか・・・。色んな意見が飛び交う中、「誰か」はこう語った。
「これは『色』を描いた作品だ。誰が見ても分かる、とてもシンプルな『色』だ」
そう言い残した「誰か」は、すぐに姿を消した。彼の言葉を聞いた人は大勢いたが、その後、その正体を知る者は出てこない。
やがてこのキャンバスは“色彩の魔女の色”というタイトルが付けられ、どこかで世界を彩っている。
そしてまたどこかで、その色を愛しているモノがいるらしい。
fin.
読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただければ幸いです。