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黄泉に行く私から

作者: Firsted Heavens

「やあ、メイド君こんにちは」


「はい、こんにちは。ご主人様」


ご主人へと挨拶を済ませると、要件を尋ねた。


「メイド君、僕はもう死ぬかもしれないんだ」


メイドは耳を疑ってご主人へとすがった。


「どうしてなのですか?どこか具合でも...」


メイドは狼狽し震える声を引きずり出した。


「持病が悪化してね。もう長くないと医師から告げられてるんだ」


ご主人は、コーヒーをゆっくりとすすった。

まだ温かく、湯気が出ているコーヒーは、いい匂いを放っている。

コーヒーを飲み干すと、ご主人は、口を開いた。


「メイド君、君も生まれつき体が弱かったよね。」


「はい、そうですが」


「そこでなんだが、メイド君に私の臓器を提供しようと思ってね」


メイドはご主人の冗談にも聞こえる数々の言葉に困惑していた。

未だに自分の置かれている立場を理解出来ていなかった。


「君と僕の血液型は同じ。僕の臓器は君に提供できると思うよ」


「で..ですが、ご主人様の臓器を頂いてまで自分の体を治そうとは思わないのです」


「でもね、これは僕の勝手な意思なんだ。僕がしたくてやってるんだ」


ご主人はメイドを見つめる。


「これは最期の命令なんだ。メイドである君が僕の命令を無視するってことかい?」


ご主人は優しく尋ねた。


「いえ...」


「じゃあ決まりだね」


ご主人は笑って応えた。

メイドはその様子をなんとも言えない様子で見つめていた。



メイドは、館の外へと出向いた。

木々が生い茂っており、空気が澄んでいる、今にも走り出したい気分だが、それは出来ない。

メイドはゆっくりと道を辿っていく。

その道を下っていくと、古い木製のベンチがあった。

2人座れそうな大きさのベンチで、座ると、木が軋む音が聞こえる。

もう、脆くなってしまっているのかもしれない。

メイドはそう考えた。

そして、そこから見える景色を眺めた。

豊かな高原や、家畜の放牧、住人の家がよく見えている。

この光景を見て、ご主人とここへ来たことを思い出した。

あの時、メイドはあまり仕事になれておらず、失敗を繰り返す毎日だった。

先輩から注意を受け、常に謝ったり、忙しそうにしていた。

そんなメイドを、ご主人は散歩に誘った。

初めて館の敷地外に出たメイドは、あの光景を、涙が出るほど感動して眺めた。


「世界は広いんだ。君が思っている以上にね」


なぜこんなにも鮮明に覚えているかは、薄々勘づいていた。

それは、ご主人に恋愛心を抱いてしまったからだ。

あの日からメイドの中で、ご主人は男性として、見られることになったのだ。

だが、本当にこの景色は美しい。

そうメイドは感じた。あの日を思い出して、涙がひとつ、ふたつと零れ落ちた。

そんな時、背後から足音が聞こえた。

ゆっくり振り向くと、そこにはあの日見たご主人の姿があった。

メイドが涙を急いで拭いとると、ご主人は話し始めた。


「そういえば、メイド君が仕事に力が入るようになったのはここに来てからだったね」


「はい。あの時のことは感謝しています」


冷静に答えたつもりだが、少し涙声になっていた。

ご主人はゆっくり考えたあと、言葉を発した。


「メイド君、君はよく頑張りましたね」


メイドは、我慢しきれず、ご主人様へと抱きついた。

ご主人は、抱き返し、メイドの頭を撫でた。

メイドの瞳からは、とめどなく涙が溢れていた。

ご主人の心音は弱いながらもメイドの体へと伝達されている。

もう、この温もりも感じることが出来ないと悟ると、メイドは感情が溢れるのを抑えることが出来なかった。



館の中にある病院で、ご主人は寝転んでいた。

ご主人の生命の灯火は、まだ弱く炎を揺らしていた。

メイドは、ご主人の手を掴んだ。


「ご主人様...ご主人様...!....」


ご主人は、弱く反応する。


「ご主人様...私...ご主人様がいないと...」


「だいじょうぶ。君ならやれるはずだよ」


ご主人は、途切れながらも喋った。


「メイドくん。きみがもし..僕の力で元気になったら...」


ご主人はメイドと繋いだ手を強く握った。


「この広い世界を、ぼうけんして欲しい。僕に、世界を見せて欲しい」


ご主人はメイドを見つめた。

メイドも、涙でぼやけた主人を、必死に見つめていた。

そして、ご主人の手の力が抜けた。

体温が冷たくなっていく。

それは、ご主人が黄泉へと行ってしまったことを暗示ていた。



動かなくなったご主人様を、古びたベンチのそばに埋葬した。

そこに、不器用な墓を制作した。

そこに書いてある文字は..R.I.Pだ。

メイドは、墓へと両手を合わせると、館へと戻った。

誰もいなくなった館で、お湯を沸かした。

そして、引き出しからコーヒー豆を取り出し、コーヒーを入れた。

外の見える窓まで行き、湯気がもくもくと出ているコーヒーをすすった。

コーヒーは、すごく苦く、吐き出しそうになった。

でも、暖かい温度とは別に、心が満たされていくのを感じた。

ふーっと溜息をつく。

メイドはコーヒーを食洗機へと運んだ。


「ご主人様...やっぱり私、冒険に出れそうにないです。この古くなった、思い出の、懐かしい館が大好きだから...」


メイドの頬を温かいものが流れた。


「でも、私どっちみち冒険に行けないんです...だって」




















ご主人の臓器を...頂いていないから..

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