第三章、誰も知り得ぬ再開の時
ひっさしぶりに小説を投稿するわけなのですが、いかんせん、生活と両立できないのが悲しいところ。
ですが、もし再開するなら今。今後を是非とも楽しみに。
ちなみに、なぜ三章? ナゼダロネ
こう言っとけば、背中叩いてでも頑張るであろう。
『歴史は二度死ぬ』
これは、悪しき歴史を嘲笑う今を生きし者共の言葉である。そして同時に、今を生きし者共の血に刻まれる歴史の汚点でもある。
一度は、奇妙な力と道具で地位を築いてきた魔導士の時代だった。しかし、魔力を持たぬ戦士が起こした革命により終わりを告げた。
二度は、力や知略に長けた戦士が次の時代を築いた。しかし、度重なる兵器の暴走や、自力ではどうにもならぬ災害が重なり、自然と衰退していった。
残るは、かつての栄光を忘れた者たちのみ。
そして今日、三度目ともなる歴史が、動き出そうとしていた。
世は均衡の時代。それは、世界に王が君臨しない時代。
それでいて、空白の玉座に座ろうとする者共が競い合う時代でもあった。
その者に敬意を評し、我は詩を謳おう。その栄光を継承し、輝き続く事を願って。
「忘れじの言葉、あの日あの時のあなたを思って」
とある神殿にてその身を起こす人影あり。
その姿は少年でありて、名をアレフ・ロート・クリスマートと申す。
長きにわたる眠りについておきながらも、劣化無きな体を目にし、次に時計を見やる。
四つの針が示す時は、いつだって己の生きる今を指していた。
=☆☆=☆☆=☆☆=
この世界を旅する者の中で『魔導機関車』を知らぬやつは、よほどの世間知らずか旅に縁遠い引きこもりと貧乏人ぐらいだろう。
それは六十年前から続く常識だ。
いつだって、それは旅人の足であり続けた。だからこそ失われてはならず、国が独占してはならない。その時は、正義感あふれる旅人によって報復がなされることを、歴史が証明していた。
そんな過去を思いふけりながら、この列車を利用する少年アレフは、その片隅でペンを走らせていた。
「旅する者ほど勇気ある者はあらず。蛮勇かあるいは、愚行かもしれぬが、事が過ぎれば英談となるだろう……いや違うな。時が進めば英談と……」
その列車の片隅で、アレフは脳裏に浮かぶ詩文を口ずさみ、欠かさずペンを走らせる。椅子は揺れるが、書く字に乱れを感じさせなかった。
「そこの少年、もしや旅の詩人か?」
ふと、男に声をかけられた。その者は、年期を感じさせる衣服に鞄などを身につけており、そんな古めかしさは彼の生きし時を刻む一種の時計のようだ。
揺れる荷物を傍らへ下ろし、男性は少年の向かい側の座席へ腰をおろした。
「初めましてだな少年、俺はガイっていうんだ。旅すがらいろんな詩人を見てきたんだが、お前みたいな子供は初めて見た。良ければ名を教えてはくれねーか?」
初対面であれど、距離は親しく。こういった馴れ合いを普段からしている証拠だろう。それに、旅人の中でもこうして馴れ馴れしい輩なんて、さほど珍しくはない。
それも、詩人相手なら尚のこと。それを生業として生きる人は、奇妙な体験か噂を聞けるならば喜んで耳を貸すだろう。アレフも例外ではない。
「名前ですか」
「ああ、俺が知ってる詩人かもしれないからな」
「黒毛の詩人、アレ……」
「かー、待て待てそれは嘘だろう。その名は始まりの時代から名を馳せた過去の偉人だろ……いや待て、お前何代目だ?」
「……三代目」
「やっぱりそうか! いや、さっきは疑って悪かった。だがこれで納得だ」
「信じるんだ……」
これでも名の通った者であるという自負はある。だが、信用できるかは別の話だ。一度疑った手前、信じると断言したことに違和感を覚えた。
「しかし、三代目と言えど、詩人としての腕が上等かなんてわからんだろ。詩ってのは、才能が大半を占めてるるようなものだしな」
「それは、そうですけど……」
「三代目ってところは疑ってやんねー。だが、お前自身が匠かどうかはまだ知らねー。てなわけで、お前にプライドってのがあるなら、お蔵入りした詩の一つや二つ見せてはくれねーか?」
「…………」
これで筋が通った。このガイという男性はケチな男だ。
口八丁な言い回しでプライドを刺激し、無料で詩を漁る魂胆だろう。わざわざ、妥協できそうな範囲で要求してくるなど、こなれた様子から恐らくは常習犯。
この際、詩を無料でたしなめるなら偽物だろと関係ない。あくまで暇つぶし、本物なら幸運だったという程度だろう。
こういった知恵ある策略家の相手は、下手な悪人を相手するより余程苦手だ。それでも、相手の策略に乗ってみるもまた一興か。
「……お蔵入り、ではありませんが。制作途中の詩ならどうぞ」
「おお、むしろ大歓迎だ。断然そっちの方が読む価値がある」
余計なまでに期待をあらわにしながら、詩を受け取る。その期待の表れもまた策略であり、贋作であった場合にケチをつけやすい空気に持ち込めるのだろう。もし金を請求しようとも、それで逃げおおせる。
まあ、逃がす気はないが。
「旅の再来、不可視の神殿により始まる新章、三代目としての始まりの物語ってところか。けっこう、いい詩なんじゃねーか?」
「気に入ったようで何よりで」
明らかに目を見開き、読み込むペースが早まる。
彼はケチなようだが、それ以前に詩を求める愛好家のようであった。だからだろう、文の途切れ目に対して悔しそうにうなだれる。
「あぁ、ここまでか。いやでも、原稿で読めた次点で幸運か?」
「あ、ここから先は有料です」
「なんだよ、ケチだな」
「では、この詩は金を払う価値などないと?」
「……ケチなのは俺の方か。こりゃ、本物を引き当てたかもな。金は払う、続きを見せてくれ」
「わかりました」
やはりまだ本物かどうか疑心暗鬼であったか。ならば続きの原稿を渡す際、アレフは少し諭す真似を、お遊び程度に。
「何ならもう本物かどうかなんて、どうでもいいんじゃないでしょうか」
「どうでもいい、それはなぜだ?」
「本物以上の贋作だって、それなりに価値は出るでしょ」
「……へっ、言うじゃねーか」
返された反応は呆気ないものだったが、この一瞬この瞬間はかけがえのないものだ。これぞ、詩人に生きし者の特権と言えようか。
心から楽しいと、そして人の笑う姿は美しい。
「やっぱ、今も昔も変わらないものだな……」
窓を覗けば、過ぎゆく外の風景を眺めることができた。その時にふと出た『変わらぬ』という言葉は、ため息かと思うほどにかすれて聞こえ、これもまた過去に去ってゆくのだろう。
ふと、視線を前へ戻せば、深々と詩を見入る男がいる。これが、策略家だと考えた者の姿だ。
こうして見れば、もはや子供と差異はないのでは無かろうか。
第一印象なんてあてにならないものだ。
『経験は人の本性を暴く力となるだろう。だが実際、人柄を掴むなどできるはずはないのだ。ならば、信じたい姿をだけを連想し、互いに都合のよい立場を守るべきなのではないだろうか。この人を騙す姿でさえ、本性を隠さんとする仮面の一つに過ぎないわけだから。旅人ガイによる教示のもと、忘れじの言葉としてここに刻む』
「お、なんか新しい詩でも思い浮かんだのか?」
「まあ、ガイのような人種はたくましいものだな……って」
「なんだよそりゃ、嫌味か」
「まさか。むしろ仲良くしていきたいですよ」
「ほう、そうか」
「アレフ」
「あ?」
「名前の方は言ってませんでしたよね。アレフ……アレフ・ロート・クリスマートです」
「おう、いい名前じゃねーか」
「恐縮です」
何気ない出会い。何気ない会話。互いが互いを認め合い、敬意を示す。だが、人と環境が違えば、また違う出会い方もあったかもしれない。
そう思うたび、しみじみとした感慨深いものを感じる。
せっかくなら、その旅に付き添おうか。忘れじの記憶、それを世に残すため。
詩的な文面って、好きだよ