間話 『ーがーたー』
目が覚めると、知らない天井…ですらもなく、青空が広がっている。鼻につく磯…とも言い切れない、くさいようでどこか懐かしい匂い。そして鼓膜を揺らす水の音に、肌を撫でる優しく涼しい風。
そういったもので、自分が今、川にいるのだと悟る。大自然が与えてくる情報量は普段の生活と比べ物にならないほど多く、目を閉じていても体が感じ取った様々な情報が脳に流れ込んでくる。
水面を跳ねる石の音に、その音が途切れるた度に聞こえる誰かの声。どうやら他にも人がいるらしい。もちろんいるのは人だけでなく、何かの虫の鳴き声も聞こえる。
背中に当たる硬くて不規則な感触、どうやら石の上で寝てしまっていたらしい。そう自覚すると、少し痛みを覚える。意識が浮上して、それに伴い情報が追加されて行く。
局所的に肌に伝わる熱、パチパチとなる何か、そして…鼻につく何かの焦げる匂い。
ハッと目を覚ます。目を見開く。周りを目視で確認する。
これらの動作はどこかあやふやで、自分がしているようにも感じるし、誰かに操作されているようにも、何かをなぞっているようにも感じる。
一人の子供が目につくまだ寝ぼけているのか、顔のパーツが定まらない。
「よくーーたね」
声が聞こえる。所々ノイズが走り、うまく聞き取れない。まだ変声期を過ぎていない幼い声、ノイズのせいもあり、性別はハッキリしない。
でも知っている。確かに知っている、この声を。つい最近聞いた気もするし、どこか遠い昔に聞いたような気もする。
「全く、ーーのーーをーーーくれてるのによくーーるね。まぁ、ーーいいっていったのはーの方なんだけど」
「ご、ごめん」
なぜか謝った。よく聞こえなかったのに。謝らないといけない気がした。それがどうしてかわからない。
「ーにーーよ。ほら、ーーた」
そういって目の前の子は鍋の蓋を取る。どうやら何かを作っていたらしい。中身を見たいが煙が邪魔して見えない。
匂ってみる。でもわからない。
気になる、その中身が。だから手を伸ばしてみる。
パシッ
その手を掴まれる。目の前の子に。
『なんで?』『どうして?』そんなことを考え、その子の方を見る。
でも表情が分からない。その事実が、不安を加速させる。『怒ってるの?』『何かまずいことした?』聞きたいが口が動かない。
思考は加速し続けるが、同時にグルグル回っている。答えに辿り着けない。そんなことを考えていると、定かでなかった視界がさらにグニャリと曲がる。
突然のことにパニックになるが、何もできない。どこが上かも前かもわからない。多すぎる情報が流れ込んでいるのか、はたまた何も感じていないのか。それすらわからない。
感覚が戻ってくる。漠然とした安心感。情報が頭の中で整理され始める。崖が見える。どこか幻想的な風景で、綺麗だと感じる…はずだった。
その上に自分が居なければ。
柵はなく、下を見てみるがもやがかかって何も見えない。嫌な想像が頭を駆け回る。思考が定まらない。
視線を感じる。そっちを向いてみる。
そこに居たのはさっきの子だった。こちらをジッと見ている。監視か、それとも見守っているのか。
口が動いているように見えるが、その声は届かない。届いているのかもしれないが、形にならない。
足を踏み出す。崖の方に。戻らないといけないとも思うけれど、進まないといけない気もする。思考と動作が歪んでいるのかさえ不明瞭だが、どんどん崖の端は近づいてくる。そして…
感覚が、消えた。
目を覚ます。急速に感覚を取り戻す。いつもの天井だ。汗がひどい。
何か夢を見ていた気がするが、何も思い出せない。喪失感と虚無感だけが脳にこびりついている。思い出さないといけない、何を?
時間を確認する。まだまだ起きるには早い。体に疲れが残っているのを感じる。もう一度布団を被る。
思っていたより簡単に意識は沈んでいく。思考の片隅にある何かに思いを馳せながら、意識を手放した。
今日もう一話出します。




