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2人だけの世界だったら2人は簡単に愛しあえたのだろうか…
女神の門に立ってジンが、彼女に惹かれるのを理解した、普通の家庭に産まれなかった事、皆とは違う価値観、世界観…
次男に生まれたジンは諦めるしかなかった…
彼女が、兄の事を「爽ちゃん」と呼んでいたのは、彼女が兄の許嫁だった事、許嫁に嫉妬して剛力が兄をいじめた事全てが繋がった…
帰路で、海に沈む夕日が彼を優しく包み込む、誰かの事でここまで涙を流した事、ジンは初めての事だった。
ジンの横に一台のバイクが停まる。
ヘルメットを被らず、まだシワの無い学ランを着た、男が話しかけてきた。
「よう‼︎英雄‼︎探したぞ‼︎」
「俺は一年五組の、鹿内飛仁よろしく!」
初対面なのに、初対面じゃ無い様な感覚、中学生になり初めて同年代と話した気分だった。
「お、俺は鬼馬神!」
「よろしく!」
「俺がなぜ英雄なんだよ!」
彼が、肩をグッと下しため息を大きく吐き捨てた。
「剛力、あいつは初日からカツアゲする様なクズだぜ?」
「そんなクズの群れと戦っていた君は英雄そのものだよ!」
「そんで、富山さんの一等兵だろ?」
「すげぇーな!」
左手の手の甲に入った焼を飛仁にジンは見せた。
何もない田んぼ道で、2人は笑った。
そしてジンは、飛仁をトビと呼ぶ事にした。
「トビ‼︎そのバイクカッコイイな!」
ジンにバイクの知識は無いが、トビがまたがるバイクのかっこよさだけは伝わっていた。
「こいつか?俺の親父の肩身だ!」
「後ろ乗れよ‼︎どうせ歩いてかえるんだろ?」
ジンが、バイクにまたがる、低くうなっていたバイクが、騒がしい音を鳴らし始めた。
トビが運転するバイクの後ろで、ジンは両手を広げ、風を感じていた。
女神の家系を知って衝撃を風が振り落としてくれた気がした。
「バイクいいなぁ!」
「トビの後ろは俺の特等席だ‼︎」
「いいな?」
トビが笑う
「彼女ができるまでな!」
2人が笑う
「それはそうだな‼︎」
刺激も、誘惑も、何も無い田舎道、赤く染まっていく空に、バイクの音と、笑い声が響き渡った。
ジンの家に着くなり、トビは目玉を大きく見開き口をポカンと開けていた。
「でけぇ家だなぁ…」
立花組ほど立派な家では無いが、大きい家だ。
「寄ってくか?」
「俺の部屋は裏のプレハブ小屋なんだけどよ!」
家から少し離れたプレハブ小屋がジンの部屋で、誰にも監視のされない自分だけの秘密基地だった。
トイレと風呂は昔の家なら当然だった外設置、母家もリフォームしてユニットバスや水洗トイレもあったが、ジンは昔から使われていた、トイレと風呂を愛用していた。
「今日は帰るよ!」
「母さんが待っているから!」
「じゃ!」
そう言って、トビは去って行った。
ジンがプレハブ小屋のドアを開けると
真っ暗なジンの部屋の中に、大柄の男が座っていた。
「親父…」
ジンは父親が苦手だった、口数は少なく、愛の無い男、長男に全てをつぎ込んでいる、そんな気がしていた。
「お頭の娘さんの彼氏候補なんだってな?」
低い父親の声が、ジンを捕らえる。
「さぁ…どうだろう…」
大きな体が素早く動きだす、生まれたてのシマウマにでもなった気分だった、親父の拳が、肉食獣の牙に思えた。
ゴキュっと鈍音と同時に右肩に激痛が走り、親父が怒鳴り散らす。
「そんな半端な気持ちで近づいたのかゴラァ?」
「どこの馬の骨かわかってんだろ?」
「おじきの娘だぞ?あぁ?」
初めて親父に手を出した、親父の鼻から血がボタボタ溢れていた。
親父に教わった殴り方だ…
「強くなったな!」
そこからは親父に馬乗りされて記憶が無くなっていた。
息子とは言えど、男として扱う親父にはもううんざりしていた。
気がつくと、日勤明けのばあちゃんがジンを看病していた。
「弱い親だねー」
「我が子にすら怯えるとわね!」
「ジン!あんたは真っ当に生きるんだよ!」
自分が欲しい言葉を、無意識に話すばあちゃんと、真理さんはどこか似ているとジンは思った。
「ばあちゃん、この制服と木刀は何?」
机の上に置かれた木刀と、ハンガーにかかる短ランを見ながらジンはばあちゃんに聞いた。
「あんたの親父から恋の応援だとよ!」
「本当に不器用な父親だね!」
「あんたの兄は親に守られた生き方、でもお頭さんの顔に泥を塗ってにげた兄」
「あんたは放置してたのに、自らあの子を惚れさせた。」
「それが嬉しかったみたいだよ」
翌朝、ジンは短ランの袖に腕を通し、ツーブロックに、オールバックを決めて家をでた。