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ジンは鬼馬家の四人兄弟の3番目に産まれた。
父は鬼馬顕巳東北を占めるヤクザの副組長をやっている。
母、香苗はばぁちゃんが務めている病院で看護師をしている。
母はばぁちゃんからお見合いを勧められ父と結婚した。
そんな母は常に長男の事しか頭にない。
長男、爽一郎、ジンの2つ上で欲しい物は何でも手に入る生活をしていた。
長女、静、ジンの1つ上。
次女、李梨花、ジンの3つ下。
姉妹は父のお気に入りで、寮付きの女学校に通っている。
そして彼の1日は孤独なものだった。
朝は新聞配達から始まる「次男は自分一人で生きていける様に早い内から働け」と父に言われていたジンは、小学3年生から親の名を借りて働いていた。
新聞配達が終わるとサウンドバックをひたすら殴り続ける「男は強くなきゃだめだ」と父に言われていた、ジンは親に言われることは文句一つ言わずにやっていた。
ただ親に褒められたかったのだ。
何不自由なく全てを与えられる3人の兄弟と比べる事もなく、日々自分を殺していた。
そんなジンは一仕事終えた後の一服が好きだった。
親に干渉されないジンにとってタバコは吸って悪い物という認識が無かった。
高らかに笑った後にばぁちゃんは語り出した。
「卑怯?」
「ジン‼︎人が強くなるために、生き残るために手にしたのは武器だよ?」
「人が魚を捕まえる時素手で一対一でつかまえるのか?」
「甘い考えは捨てな…」
「どう生き残るかだけ考えるんだな!」
「あとその子にお礼を言うんだね!」
「その子が救急車の中も付き添ってくれていたみたいだよ!」
少し離れた丸椅子にショートヘアーの彼女が座っていた。
「こ、幸運の女神…」
無意識だった、無意識に恥ずかしい事を言葉にしていた、だが彼女はクスッと笑った。
「大丈夫?」
「君面白いね、頭も打ったのかな?」
「あと、私は幸運の女神なんかじゃ無いぞ!」
「私は立花真理、君の先輩」
殴られるのも悪くない…彼はそう思った。
「鬼馬神です。」
「助けてくれてありがとうございます。」
「でもなぜ助けてくれたんですか?」
申し訳なさそうに女神は話した。
「君を、ジン君を殴ってたのは私の彼氏…剛力強…なの、君のお兄さんをいじめていたのも彼…」
女神の違和感に気づいたのは、ちゃんとジンに目を合わせて話した瞬間だった…唇の右側にあざができていた…
「真理さん…その彼氏は真理さんにまで手をあげるんですか?」
ジンは病室の時計に目を向けた、入学式が9時からの予定だった…それから6時間ジンは寝ていた…15時…
「仕方ないの…私は彼の所有物だから…」
ジンはその事には触れずに、靴を履き替えた。
「真理さん、この時間帯彼氏はどこにいますか?」
ジンの怒りを押さえた声は低く、真理を素直に答えさせた。
「多分、旧校舎の保健室かな?」
病院から学校まで約10分…
ジンは病室のドアを開けた、目の前の廊下にばぁちゃんが立っていた。
「安静にしてれば4、5時間は持つかな、一応麻酔の時間だけは教ておくよ」
ジンは頷き、走り出す、初恋だった、彼氏の存在はショックだった。
傷ついた真理の顔が頭から離れない…
込み上げてくる怒りが次第にジンを冷静にさせ、狂気を引き出す。
旧校舎の保健室前に二人の男がいる、両腕を押さえていた二人だ、
ジンはタバコに火をつけ思い切り吸い込む、殴られた両脇が麻痺する様な気がした。
しゃがんで居る手前の先輩の鼻目がけ膝で鼻を潰した。
鼻の骨がグチャっと音立て、先輩が倒れ込む。
慌てたもう一人が右手を大きく振りかざす、首がガラ空きだ、
迷わず首をジンが殴る、呼吸が乱れる先輩の口にタバコを押し込む。
ガラっと保健室が開く、外の様子に気づいた剛力が、下半身すっぽんぽんで立っている。
ベットには泣きべそをかいて全裸の新入生がこちらをのぞいていた。
「どうも、先輩…」
「遊びに来ました。」
剛力は、怒りで顔面がピクピクしていた。
さっきまで楽しんでいた世界が修羅場ともなれば、誰もが怒るだろう。
「クソガキ、舐めやがって!」
剛力が、右腕を振りかざす。
芸のない攻撃にジンは、ガッカリしていた。
一歩下がって、目潰しと見せかけ、チャラついた耳に手をかけ、上から下へと振り下ろす。
1センチくらい耳が裂ける剛力。
恐怖で剛力の動きが止まる。
「剛力さん、俺勝ったら真理さんと別れてもらっていいですか?」
剛力が涙目でうなずく、今朝意気揚々とメリケン着けて殴っていた男とは思えない姿だった。
「わかった、わかったから、耳から手を話せ!」
「卑怯だぞ」
ブチュッと音と同時にドバドバと血がこぼれ落ちる、裂けた耳をジンはうずくまる剛力に手渡した。
うずくまる剛力の背に座り、タバコに火を着けるジン。
保健室の中はピースライトの、甘い香りで充満していた。