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神のみぞ  作者: 無気力な人
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露乃絵は華やかな未来を見る。

喜怒哀楽。




例えば皆さんが誰かに感謝できるとしよう。ああ、たぶんシャイな皆さんは感謝の気持ちを素直に伝えられないだろうから。では、誰にするか。まずは神様。こんな駄目な、あるいは有能な自分を作ってくれてありがとう。次に母親。いつもそばで見守ってくれてありがとう。最後に父親。自分を正しく育ててくれてありがとう。まあ大体、三大感謝相手としてはこれくらいだろう。友達?まさか友達にまで感謝を述べようとすると赤面するなんてことはないよな?ああ、しかし、感謝ってのは大事だ。した方もされた方もすがすがしい気持ちになるのだからな。未来が見える人だったら多分先んじて感謝を述べることができる分、もっと人間関係ってのは潤滑になるだろう。或いは気味悪がられるか。露乃絵は感謝を絶やさない子だった。




「ありがとう」

俺の耳には女子の声で感謝が聞こえた。刹那、積み上げられた本が崩れ落ちてくる。俺の眼の端には一人の女子が映った。俺はその子を守ろうと手を広げる。

ドサ

年月を感じさせる塵芥が舞い上がり、乾いたインクのにおいが鼻を衝く。直撃の痛みに目を細めながらそばを見ると、そこには一人の少女がいた。赤毛色の髪に眼鏡をかけた女子生徒が。

大丈夫か。

俺は声をかける。

「ありがとう」

彼女は再度その言葉を言った。

……ん?再度?

なんで彼女は再度「ありがとう」と言えたんだ?

なんで彼女は、積み上げられた本が崩れる前に「ありがとう」と言えたんだ?

俺はそれを聞こうと目を向ける。しかし、そこにあったのは虚空を通して映る木組みの床のみだった。




奇妙な話を聞いた。例えばこの場に何でも計算できるコンピュータがあったとして、そして俺たちの手元には原子の動きが詳細にわかるデータがあったとする。すると、それをたとえばコンピュータに入力したのなら、未来がわかるというのだ。これは俗にラプラスの悪魔と呼ばれる。しかし、もしそんなことができたとしても、俺はしたくはない。なぜかって?そりゃあ、じゃあ例えば未来がわかったとして、今生きている俺たちの意思はどうなっちまうんだ。俺たちは何かを選択して今を生き、今に到達したはずではないのか。未来が見えた時、つまりこれは運命が決まっているということなのだろうが、そしたら俺たちは運命という水流に回されている歯車になっちまう。そんなのはごめんだ。だったら知らぬが仏ってやつではないのか。




「例えばその子が未来を見ることができるとしよう」

おいおい、そんなわけないだろう。

「だから例えばの話なんだって」

俺と田村は屋上で話し合っていた。古屋美紀は、どうやらアホ毛が難しい話になることを察知したらしい、フェンスに寄り掛かって微睡んでいる。

大体あれだ。未来が見えるなんて、どんな脳の構造をしているんだ。

「確かにね。今や原子のさらに先の概念なんてのも生まれている。空間の震えだ。そのディメンションは今わかっているだけでも百数種類。未来を見るっていうことはそれらすべてを計算しつくすってことだから普通の人間だったら無理だろう」

だったら――

「もー、察しが悪いなぁ、松本君は。だから彼女は何か超能力を持っているんじゃないかってことだよ」

……超能力。

「そう、未来が見える超能力をね」

……だとしたら、お前の論では何やら困りごとがあるということになるが?

「そう、そうなんだよ。しかし……一体何に困っているのやら。まあいいか。これはたぶん僕じゃなくって君が解決することだから」

……超能力ねぇ。

俺は微睡んでいる古屋美紀を仰ぎ見る。耳を澄ますと「もう食べられないよ」という寝言が聞こえた。




俺は彼女に接触しようと朝早く来た。彼女が登校してきたらいち早く声が掛けられるようにだ。母親が誕生日プレゼントに買ってくれたファンシーな腕時計は、デジタルな数字の羅列で7時であることを示していた。朝の、胸の空くようなにおいがする。人の流れができ始める。床が足を跳ね返すと、彼らはまた足を床に突き刺す。アンニュイな顔をした生徒たちが教室へと胎動する。その群れの中に彼女の姿があった。赤毛の彼女がいた。俺は彼女の方へ行く。寄りかかっていた壁を離れると人の群れにもまれながら近づく。刹那、俺の前を一つの群塊が遮った。何やら昨日のテレビ番組について話しているらしい。他愛のない話だ。それを聞き流すと俺は再び彼女の方へと歩く。しかし、そこには彼女の姿がなかった。俺は一人、英検が間近だと謳った掲示板の前で立ち尽くした。




「で、どうだったの?」

田村に意地の悪い笑みが浮かぶ。

どうもなにも、見てただろ。

「まあね」

……散々だよ。ようやく二人っきりになれると思ったらだれか来るし、話しかけようと思ったら人や物に阻まれるし。

「どうやら彼女は僕たちとは話したくないみたいだね」

いやいやたまたまだろ。第一、彼女は逃げていないわけだし。

「忘れてもらっちゃ困るよ松本君。彼女は未来が見えるんだから」

……なわけ。

「……でも、僕はそろそろだと思うんだよね。ああ、確かに彼女は未来が見える。だけど、それだけなんじゃないかって」

と言うと?

「つまり、運命には抗えないということさ。まあ、僕は未来が見えるわけじゃないから本当に運命なんかあるのかは知らないけれどね」




露乃絵は何にでも感謝ができる少女である。電車で席を譲ってもらったときにはありがとう。道を譲ってもらったときにもありがとう。そんな彼女の感謝を忘れない精神に、周りの人は快く思っている。しかしそんな彼女を快く思わない人も一定数いるようで、……端的に言うと彼女はびしょ濡れのまま俺たちのいる屋上に逃げ込んできた。目元には涙を浮かべている。俺たちに気が付くとはっとした表情になり、俯いた。

「やっぱり未来からは逃れられない、か」

何やらぼそぼそとつぶやいた彼女は髪から水を滴らせながら、俺たちとは一番離れたベンチに座った。

大丈――

「話しかけないで!」

俺が声をかけると、彼女はそれをかき消すかのような大声で叫ぶ。

あたりには沈黙が行き届く。


俺は仕方ないから彼女に俺のジャージをかけてやった。すると彼女は、寒かったのか自分から羽織った。


俺は彼女の隣に腰かけた。

露乃絵は俺とは反対側の方へずれる。

で、どうしたんだ。

「別に」

……そうか。

彼女はどうやら俺を拒絶しているらしい。だが、田村はこいつに、露乃絵に苦難があると言った。もし仮にそれが本当であるのならば、解決はできなくても聞いてあげるだけはしてあげたい。おせっかいにもそう思った俺は会話の糸口をつかもうと俄然、こんなことを口走った。

眼鏡は水に流されたのか?

「……そうだけどなに?」

いや、俺としては今のお前の方がかわいいと思うけどな。

俺は失言したと思って彼女の反応を伺う。そこにいたのは、赤毛色のかわいらしい、頬の少し上気した露乃絵だった。

「……あっそ」

彼女は素気無く答えた。




「例えば、私が未来をみえるとして、信じる?」

ん?全く。

今考えれば彼女のこの、初対面にしてはなれなれしい態度も未来が見えていて、俺と何回も対話をしているからなのかもしれない。

昼休みも終わりに近づいたころ、露乃絵は唐突に話し始めた。

「嘘つき。本当は私が未来のみえること、知ってるくせに」

……

「……私は今の自分、好きだよ」

それはよかったな。

「こんなにも感謝できて、こんなにもみんなから好かれて、元の私じゃ考えられないくらい」

そうか。

「……でも、頑張りすぎちゃったかな」

……と言うと?

「私はもともとこんなに性格が良くないもの」

なるほど。

「みんなに好かれるために無理しちゃって、それなのに嫌われて、本当、私ってバカみたい」

まあ、今の話から判断すると、確かに馬鹿だろうな。

「ふーん。言うわね」

そりゃそうだろう。なんでたかが人間関係のために自分を賭する必要がある。

「あんたにはわからないでしょうね」

いいや、誰にだってわからないさ。ああ、確かに良い人間関係ってのは心を落ち着かせてくれるだろう。だがそれは気の置けない友達でいることが前提とされている。なぜ好きでもない人に縋る。なぜ一方方向の人間関係に満足する。俺たちってのは心があるんだから、双方向の方がより生を実感できるじゃないか。

「そんなこといったって無理なものは無理だよ」

それを言ったのは誰だ。

「そ、それは……」

そうだ、自分は無理とわかるほど無理はしていないはずだ。事実、お前は一方方向の人間関係は無理だとわかったじゃないか。だったらなぜ同じような情熱を双方向の人間関係にも注いでやらない。

「で、でもみんなに好かれないとまたこんな風に……」

ならないさ。

「な、なんで?」

そりゃあ、人間ってのは第一に自分が生きることに必死だからだ。だからお前がもし人気者じゃなかったのなら、お前に一瞥もくれないだろう。お前は人気に縋りすぎだ。だからほかの、人気に縋るやつに席を脅かされる。

彼女は沈黙した。或いは沈思黙考した。

「そう難しく考えないでよ!」

古屋美紀が後ろから露乃絵の肩をたたく。

「要はさ、人間関係を最初っからやり直そうってことだよ!」

ああ、これだから馬鹿ってのはいい。こいつらは重い空気を軽くさせてくれるのだから。

「むーっ、松本君、今何か変なこと考えたでしょ!」

いや、何も。

「いいや!絶対変なこと考えたね!なんかこう……ビビッと来たもん!」

そうか。ということはやっぱりそのアホ毛もただの飾りじゃないってわけか。

「あほじゃないもん!」

どうだか。

「むーっ!露さんも何か言ってよ!」

「――っぷ!あっはは!」

どうした。

「いや、松本君ってそんな感じなんだぁってね。いっつもむすっとしているからもっと頭が固いのかと思った」

讒言だな。

「いやいや、いつもあんな顔してたら誰だってそう思うよ」

どうだか。

「……でも、よかったよ。松本君の人間っぽいところが知れて。今までの未来は全部説教臭かったもん。正直言って辟易としてた」

そうか。

彼女は刹那、何かに陶酔したような顔をした。

どうした。

「ううん、ただ、私の能力が最後に私の未来を教えてくれたみたい。うん、そうね。今だってこんなに重要で、笑いあえて、楽しいもの!未来に縛られるのはつまらないわ!」

どんな未来を見たんだ。

「ん?うーん、そうねぇ。たぶんあんたにとって刺激的で、休む暇がなくて、画期的な未来だわ!」

……そうか。帰ったら神様には平穏をお願いしておくよ。




翌日。

「あの、○○さん――」

露乃絵が古屋美紀を伴ってほかの女子に話しかけているところが見えた。


出来が納得できなかったので書き直しました。

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