短編ホラー(電車編)
別に特別なことは何もない。仕事を終えいつものように夜11時38分の最終電車に乗りこんだ。二車両目の先頭左側、その隅の座席がいつもなんとなく好んで座る席。その日も全く同じ席に座った。
深夜帯というだけあってその車両には自分しかおらず、マナーが悪いとは分かっていてもつい大きな口を開けたまま眠ってしまう。とはいえ、自分の眠りは決して深いものではなく停車駅に着く度に意識が浮上するのだ。
『間もなく〜〇〇、〇〇に到着いたします。ドアから離れてお待ちくだ〜さい』
竹やススキが線路沿いに広がる田舎の駅。少し離れた山の断片に街灯で薄く照らされた墓が見えるのは少々不気味だが、それ以外は特徴のない小さな駅だ。
『ドアを閉め〜ます。ご注意下さい』
プシューっと大きな音を立てて背後側の扉が閉まった。しかし電車は一向に動かない。
「お客さまーーーー! 2号車付近のお客さまーー! 危険ですから、電車から離れて下さいっ!!!」
車内からでも駅員の注意をする大きな声が聞こえた。こんな深夜に迷惑な撮り鉄でもいるのだろうか?
そう思いふと窓の外を見たが、ここからの角度では窓に自分の顔が反射するばかりで相手の姿は見えない。
『次は〜***です』
ようやく電車が動き出したので、もう一度眠りにつこうとした。しかし背中側の窓の外からコンコンとノックするような音が聞こえる。
おかしい、だって今電車は動いているはず。
同時に、「…テェ……テ下サイ………」と激しく縋るような声がする。その声はまるで「電車に乗せて」と言っているかのようだ。俺は恐ろしくなって声を荒げた。
「俺は車掌じゃないから無理だ!!」
するとピタリと声が止まった。
ホッとした瞬間、
ゴーーーーーーーーーーーー!!!!!
と、今にもガラスが割れそうなほどの大きな音が背後から鳴り響いた。思わず悲鳴を上げたが、よく見ればなんだ回送列車とすれ違っているだけか。
ホッとして後ろの窓をもう一度見たが、やはり自分の顔が反射して外が見にくい。外を見るのは諦めてまた眠りに着こうと目を閉じる。すると今度は耳元でハッキリと聞こえた。
「私ガ見エテルナラ、代ワッテ下サイ」
そういえば、世界には3人そっくりさんがいるらしい……
あの時、見えていたのは…。