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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アオリグツ

作者: 川端 誄歌

専門学校の掌編作成課題『涙』をテーマに少し前に考えた設定をリメイクしたもの。



三千字という上限のある課題で、提出した作品です。


では、『アオリグツ』どうぞ( ゜д゜)ノ



 ちょうど新月が顔を出し始めた頃、噎せ返るほど鉄臭く、薄暗い通路で最後の兵士が死んだ。

 (たま)に弾ける火花が照らす死体の数は、正確にはわからない。

 だがその様子は間違いなく死屍累々と呼ぶのに相応しい光景だった。

「もう、死んでいいや」

 硬度で、強靭な義足を、血で濡らしている一人の少女が、その傍らに立っている。

 床に着くほど長いでたらめにはねた黒髪も、地味だがシミ一つない白いワンピースさえも。

 全てを返り血で赤く染めた、華奢な少女。

 彼女には名前がない。

 ただ道具として呼ばれるだけの、『義足をつけた少女(ドール)』という、呼び方が存在しているだけ。

 ──もうやることはない。

 その言葉通り、今しがた彼女は『復讐』を終えたところだ。

 目標にしていたことが達成され、残すは自分も死ぬという選択肢のみ。

 それで、全てが終わるのだ。

 少女は、死体の一つからナイフを拾い上げると、躊躇うことなく、首に添える。

「ドール」

 だが、不意に聞こえた男の言葉に、少女は押し込みかけていた刃の動きを止めた。

「マスター。貴方もいたのね」

 光のない少女の瞳に、白衣を纏った男が映り込む。

 色彩に欠ける黒髪、深海のように静かな紺色を持つ、貧弱そうな青年。

 この世でただ一人、少女と言葉を交わそうとする天才技師。

 少女が着けている、義足──アオリグツの開発者だ。

「こんな汚いところで死なないで、俺と一緒に綺麗な死に場所を探しに行かないか?」

 マスターと呼ばれる彼は、少女の手を取り、施設から逃げ出した。


               ◇


──なんで手を取ってしまったのだろう。

 そう、両脚にアオリグツを着けた少女は、渡されたパンを片手に考える。

「君。食事というものは、ゆっくり、丁寧に噛んで食べるものだ」

 二人は、小さな小屋──その一角にあるテーブルを挟んでお互いの顔を見ていた。

「そもそも、私。パン食べたことない」

 無表情に言葉を返されたからか、男は眉をひそめ、注いである葡萄酒を不愛想に呷る。

「私もそれ飲みたい」

「九歳の子供はだめだ」

「ならいくつなら飲んでいいの?」

「そうだな、俺より一つ……」

「……マスター?」

「………………」

 天才技師は答えない。

 どうやら、目の前の紺色の瞳を持つ男も、まだ酒を飲んでいい歳ではないようだ。

 ──べーだ。どうせ死ぬんだからいいじゃない。

 少女は、男の真似をしてコップに入ったミルクを一気に飲み干した。

 するとマスターは、小瓶を取り出し、ミルクを新たに注ごうとしてくる。

「いい。直接飲む」

 が、少女の手がコップに蓋をするように重ねられ、呆れた男は小瓶から手を放した。

「とりあえず、食事が終わったら次の場所へ行こう。ここは、死ぬにはまだ霧が濃い」

 最後の一欠けらを口に放り込んだ男が、そう呟く。

 ──えぇ、そうね。

 少女は、声を発しない。

 もう何度も聞いたそのセリフに、ただ静かに相槌を打った。


              ◇

 最期の銃声が鳴った。

 白く、柔らかな雪が肌に触れ、頬を水滴となって滑る。

 そこには華奢な少女がいた。

 年相応の長さに調整された両脚の義足が、金属の光沢を放つ。

 整えられた長い黒髪に、生気のない青い瞳。

 九歳の少女が着るには、少し大人びた黒いドレス姿の少女。

 ──ふむ。似合うものだな。

 その姿を見て、横たわる男はふと思った。

 彼女の陽光に一度でも照らされれば、焼けてしまいそうな白い肌。

 それに合う衣装を仕立て屋に頼んだところ、真っ黒なドレスが作られた。

 最初は、「葬式にでも出すつもりか?」と、怒りを覚えた。

 ──綺麗?

 しかし、実際に彼女が着た姿を見て、男はその感情を忘れる。

 そこには。すぐに例えるには難しい美しさがあった。

 しかし、綺麗かと言われれば、綺麗ではなかったのだ。

 今にでも死んでしまいそうな、孤独を纏う少女の雰囲気。

 一人にすればあっけなく死を選んでしまいそうな彼女の佇まいに、黒が映えた。

 綺麗や美しい、麗しいといった言葉は、当てはまらず、「儚い」というべきその姿が。

 男の目には涙が、溢れかけている。

「なんで、あんたが死ぬのよ。どうして、どうしてよ!」

「泣くなよ、せっかくのドレスが台無しだ」

「なんで、庇ったのよ。私が、あれで死んでいればよかったのに。なんで」

 じわりと温かいものが男の周りの色を染める。

 男が、霞み始めた自身の目を凝らして、

「君が生きていれば、それでいいさ」

 心からの本心を口にすると、少女は驚いたように目を見開く。

「あんた、最初から、そういうつもりだったの?」

「別に、望んではいなかったさ」

 こうなる未来は想像していた。

 必然ともいえる。

「けど、俺は君にもっと長く生きてもらいたい。死に急ぐ君に、どうにか生きる楽しみを教えたかった」

 だからこそ、この六か月間は彼女に見たことも、聞いたことも、口にしたこともないことを体験させるために、奔走した。

 結果的には、なにも変わらなかったかもしれない。だが、それでも今の彼女の顔を見ればわかる。

「うっ、うぅ」

 昔の彼女は泣かなかった。

 涸れ果てたのか、火傷をしても、ナイフで指を切っても、涙を溢したことがなかった。

 しかし、今はどうだろうか。

 他人の死を感じて、泣いている。

「最後だ。君に名前をプレゼントしたい。ローワン・アマリリス。俺の苗字と、君自身の名前だ」

 意識を保つのが難しくなり、伝えたいことだけ、男は口にしていく。

「君は笑っている方が、可愛いさ。だから、ほら。笑って、俺の代わりに明日を生きてほしい」

 呪いのようなものを、男は少女にかけた。

 自分はもう笑えないから。

 死んでしまうから。

 明日を見てほしいと、男は願う。

「無理だよ、義足の呪いは永遠に解けない。私は生きている限り、人を殺してしまうし、殺す」

 少女は、なおも泣きながら、男の体に縋った。

「……しかし、ここ半年は人を殺していない。大丈夫だ、君は今こうやって他人のために泣いている──だから──」

 ──普通の、生活ができる。

 そう、口にしたつもりで、

「──」

 男は息を引き取った。

「っ、マスター! ……ローワン! 起きて、ねぇ!」

初めて聞いた男の名を、叫ぶ。

「…………」

 無数の雫がドレスを濡らした。

 声なき苦悶を、あげて少女は嗚咽を漏らす。

「すん、だいたい、泣いてないし」

 雪が赤く染まった頬に触れ、伝う。

「雪が、解けてるだけだ……し?」

 そこで、一筋の光が、少女の瞳を照らした。

 神々しい陽光を放つのは、日の出の太陽。

「綺麗、だね。今まで、そんな風に思ったことなかった」

 嘘みたいに濃かった霧が、降っていた雪が晴れ、辺りの景色が見える。

 そこには、多くの花が咲いていた。

 ここには、多くの小動物が蜜を吸いに来ていた。

 死に場所としては、最も美しい場所なのではないかと、誰しもが思うであろう景色を。

 少女は目に焼き付けて、笑う。

 笑顔の花を咲かせて、ひらりとドレスの端を浮かして、振り返る。

「私は、生きるよ。あんたの分も、生きて最後に、ここに戻ってくるから」

 その言葉を胸に、少し希望を宿した瞳を輝かせ、

「………明日を、生きる」

と、決意を新たに口にした。




『アオリグツ』どうだったでしょうか?



個人的コンセプトは、キャラクターたちにとっては良いエンドだが、読み手によっては悲しくなるエンド。

俗に言うメリーバッドエンドです。


人生で初オチの作品のため、もしかしたらちげぇよ!っと突っ込みがあるかもしれませんが、今の自分にはこれが最大の努力です。


また、第三者視点で物語が進むためどちらにも感情移入できるかと思います。



あなたならどう感じますか?

感想などもお待ちしております。

それでは、次の投稿でm(_ _)m

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[良い点] ローワンは最初から少女を助けようとしていたのでしょうか。それともただ単に、自分の罪の意識に苛まれていただけで、偽善だったのでしょうか。 きっかけはどちらであれ、きっと最期は少女を助けたいと…
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