第八十四章 黒い力と闇の力
「よう。みんな探してるぜ」
「羽竜………」
「ミーティングだってよ。最後の戦いに向けての」
城内にある噴水広場の片隅で、クダイは空気の原子でも見てるかのように、虚ろな目で座り込んでいた。
「行けよ」
クダイがシャクスのことで落ち込んでいるのはわかる。だからと言って、羽竜はクダイに同情するつもりはない。
「聞いてんのか?」
「………聞いてるよ。悪いけど、一人にしてくれないか」
はぁ……と溜め息が地を這う。
「そいつは出来ない相談だ」
クダイはじっと羽竜を見た。
暴言を吐かれたと思ったのか、少しキツイ目をした。
「僕が参加しても意味ないよ。ケファノスとダンタリオンが出席してれば十分だし」
「………そんなんじゃシャクスも浮かばれねーな」
「何っ?羽竜に何がわかるってんだ!ほっといてくれって言ってんだろ!うるさいんだよっ!」
勢い余って立ち上がり、羽竜の胸倉を掴む。どこからか借りたのか、羽竜には似合わない貴族の服なんか召してるから、余計に腹が立つ。
「大切な仲間が死んだんだ!ミーティング?ふざけんなよ!どいつもこいつも口を暇さえあれば会議ばっかしやがって!シャクスは世界の犠牲になったんだ!もっと悲しんでやったっていいじゃないか!」
「そういう男だったのか?」
「え?」
「シャクスは、自分の死をいつまでも悲しんでもらいたい。って言うような、女々しい奴なのかって聞いてんだよ」
「それは………」
「命を捨てて俺達を逃がしたのはなんでだよ?俺達に世界を託したって意味じゃねーのかよ?」
「……………だけど…………僕に何が出来るんだよ。サン・ジェルマンに剣は通用しなかった。魔法も効かない。シトリーは助け出せたけど、もう手詰まりだ。頑張ったけど、正義なんて所詮こんなもんさ。僕達の正義なんて、サン・ジェルマンの足元にも及ばない」
「………ったく。めんどくせー野郎だぜ」
羽竜は頭をポリポリと掻くと、クダイの下腹をおもいっきり殴り付けた。
「ぐはっ………」
崩れる寸でで髪をわし掴みにし、
「な………何するんだ……」
「ムカつくんだよ。大切な仲間が死んで出た言葉が、手詰まりだと?フン、これじゃあシャクスも犬死にだな」
「………シャクスを馬鹿にするな」
「オメーだろ」
ぐわっとクダイの髪を押し離す。
「それに、正義なんて言葉に振り回されてんじゃねーよ。んなもんな、世界のどこを探したってありゃしねーんだよ」
「そ……そんなことないよ!僕達は、僕の信じる正義の為に戦って来たんだ!」
そこを否定されては、今までの苦労そのものが否定される。
「なら聞くけどよ、サン・ジェルマンやヴァルゼ・アークには正義はねーのかよ?」
「あいつらには………正義なんてきっと無いに決まってる」
「まるでわかってねーな。アイツらはアイツらの正義で戦ってるんだ。そう考えると、正義なんて使う奴によって意味が変わる魔物なんだよ」
クダイを諭したつもりだったが、それはかつて、羽竜が黒仮面に言われた言葉だった。
あの時は、今のクダイと同じだった。正義を信じて、それだけがヨリシロだった。それが、永い時間を旅するうちに、生きて行く上での枷でしかないと知った。
「まあいいや。そんなに考え込まなくても、ヴァルゼ・アークはサン・ジェルマンの倒し方を絶対に知ってる。必ず手立てはあるはずだ」
顎に手を宛て、羽竜は少し考え込む。そして、
「いいぜ。直接聞いてやる」
「羽竜?!」
「お前も来るだろ?アイツのことだ、どうせその辺で野宿でもしてるだろうぜ」
「野宿って………」
そんなもんなのかと問い返したいところだが、
「そういう奴なんだよ」
屈託の無い笑顔で腕を掴まれ、
「ちょ………羽竜!!」
有無を言わさず、空へと飛び立った。
「お目覚めですか?」
陽射しと共に、セルビシエの顔が視界を独占した。
「ウフッ。お疲れでしたんですね。深く眠っておいででした」
黒仮面はもたれていた大木から上体を起こすと、
「………そんなにか?」
そうセルビシエに聞いた。
「はい。“そんなに”でございます」
ケファノスがシャクスの亡きがらを回収したところで去って来た。それからはあまり覚えていない。
なぜか嬉しそうにしているセルビシエに、
「何かあったのか?」
「いえ。どうしてでございましょう?」
「いや。やけに嬉しそうにしてるからな」
「ああ。それは、ヴァルゼ・アーク様の寝顔が可愛らしかったもので。あっ!素顔を見たわけではございませんので、ご心配なく!」
「………やれやれ。まるで子供だな。そんなことが嬉しいのか」
「いけませんか?」
「………いや」
セルビシエが嬉しいのはそれだけではない。もうじき、共に別の世界に行けるからだ。もちろん、サン・ジェルマンの必要とする力が、黒仮面の求む力と同等ならば、一仕事こなさねばならないが。
「………それにしても腹が減ったな」
「まあ。ヴァルゼ・アーク様ったら」
「?」
「まるで子供ですわ」
「……………。」
一人はしゃいでいるのを止めるのも心苦しく、苦笑だけで済ませておいた。
「近くに町がございます。そこで食事を………」
そう言った矢先だった。どす黒い気配が辺りを包む。
「ヴァルゼ・アーク様………!」
「………この気配の強さは…………」
ダークエネルギー。時間の断片に篭る暗黒の力。
「気をつけろ。セルビシエ!」
何か………来る!
「あ………あれは!!」
セルビシエが見たのは、黒い光が何かの形を作って行く様。
やがて、それはセルビシエの知る人物へと姿を変える。
「バ………バチルス将軍!!」
「セルビシエ………よくよく裏切るのが好きらしいな」
魔界将軍バチルス。
だが、よく知るバチルスとは気配が明らかに違う。
「バチルス。何をしに来た?」
黒仮面が………焦りを見せている。空腹からではないだろう。きっと、バチルスの異常な気配のせいだ。
「クックッ。何をしに来ただと?決まっておる。邪魔者と裏切り者の始末に来たのだ」
曲刀を既に手にしている。本気だ。
「ヴァルゼ・アーク様、お下がり下さい。ここはわたくしが………」
「いいや。お前では敵わん」
厄介なことになった。まさかサン・ジェルマンが、ダークエネルギーを使うとは予想していなかった。
ダークエネルギーは貴重だ。シトリーを使って急速に集めはしていたが、時間軸を融合させるには至るほどではない。
それを、ここまでバチルスに与えたのだ。
これでは、セルビシエでなくとも勝てるか危うい。
「覚悟しろ。黒仮面。まずは貴様からだ」
逃げる選択は出来そうにない。
黒仮面はゆっくり剣を抜き、
「俺を甘く見るなよ。貴様らが思うほど弱くはないぞ」
その髪が真っ赤に染まる。それと合わせて、耳の上の側頭部から角が現れた。
「ヴァルゼ・アーク………様………?」
バチルスの気配に負けず劣らず、凄まじい気配を醸し出す。
セルビシエの知らない“ヴァルゼ・アーク”だ。
「力を隠していたか。クックッ。まあそうでなくてはつまらん。せっかくのダークエネルギー、存分に試させてもらおう」
ゾクゾクする感覚が背筋を這う。バチルスはその感覚に陶酔しきっている。
「試す前に終わらなければいいがな」
世界の均衡が崩れ始まった。