第八十二章 どちらが有利か?
「あなたも無茶をしたものです」
ザンボル城の一室で、オルマの目の傷口を診ている。
ダンタリオンに医師としての資格はないが、それなりに知識はあり、外科的な診察ならある程度は可能らしかった。
肝心の傷はと言うと、美人であるオルマを知る者には、決して見せたくはないほど深かった。
瞼の上からでも確認出来たケファノスとは違い、魔法で一度瞼の上から傷口を塞ぐ。それをした後でも、くっきりと残る傷痕が痛々しい。
「治らないんだろ?」
ケファノスが覚悟しろと言ったのだ、予測はしていた。
言えずにいるダンタリオンは、普段のニコニコ顔はしていなく、滅多に見せない真剣な表情で歯を食いしばっている。
好きな女へ何もしてやれない無能を呪ってだ。
「いいんだよ。シトリーが生きててくれたんだ。これは勲章だよ。まあ、シトリーを助けたのはクダイなんだけどね」
「………もういいです。もういいんですよ………オルマ」
「ダンタリオン?」
「なぜ泣かないのです?これからあなたは、光の無い世界で生きて行かねばならないのですよ?命懸けで助けようとしたシトリーの顔も、愛したシャクスの顔も…………私の……微笑みさえ見れない世界で………これから先、どんな人生が待っているのか。泣いて下さい。私には、あなたを抱きしめることも出来ない」
ダンタリオンの優しさを痛感した。ただ俯き肩を震わせるお調子者を、オルマは自分から包み込む。
ここにも一人。自分を心配してくれる人がいる。
言ってやろうと思ってたことも呑み込む。ダンタリオンは心の中で、自分自身を責めているからだ。
実際、職務を優先させたことを悔いているのが解る。
「………バカだねぇ。男のくせに」
そう言いながらも、甘えて涙の訪問を許した。
森を疾走する馬を上空から見つけた。
それがケファノスであることは明白で、羽竜達はその前に降りた。
「ケファノス!無事だったんだね!」
喜ぶクダイの笑顔を、ケファノスは歓迎出来なかった。
「ん?シャクス………寝てるの?」
疲れて寝てるなどあるものか。
カイムは察してクダイの肩を掴む。
その表情が悲しみに堪えているものだと知り、クダイの表情もまた急変する。
「………間に合わなかったか」
羽竜が呟いた。不安は的中したのだ。
「余が駆け付けた時には、既に息絶える間際だった」
うなだれるシャクスが生きているのなら、ケファノスに身を任せるようなことはしないだろう。
「冗談言うなよ………シャクスは聖騎士なんだ………そんな簡単に死ぬわけないよ………」
カイムの手を離れ、フラフラと馬上のシャクスを見上げる。
「シャクス………起きてよ、寝てる場合じゃないよ……ねぇってば!シャクスッ!」
「お前のことだけが心残りだったらしい」
「そんな……嘘だよ………嘘だって言ってよ!!」
初めはシャクスを嫌っていたクダイも、今は慕っていたことがわかる。
ケファノスは、
「クダイ。シャクスの心を継いでいるのはお前だけだ。それを忘れるな」
「うぅ…………うわぁぁ………シャクス……………シャクスーーーーーーッ!!!!」
まだ教わりたいことがたくさんあった。
一人っ子のクダイには、良き兄であり、師匠でもあった。
一人泣き叫ぶクダイに、ケファノス達は何を思うのか。
「来たか。サン・ジェルマン」
バチルスの前に姿を見せた初老の紳士は、いつになく険しい表情を崩さなかった。
その表情の意味するところは、バチルスには十分理解出来た。
「よもや、会って間もないお前さんを頼らねばならぬとは………人生とは理不尽なものよ」
サン・ジェルマンにもはや恥も外聞もなかった。
思いの他、手強いクダイ達。自分の下から去った黒仮面。一刻でも決着を着けねばならない。
「サン・ジェルマン。貴様の野望に付き合ってやる」
「私の野望を知って言ってるのか?」
「もちろんだ。時間の終着だろう?面白いじゃないか」
面白い?バチルスがそんなことを考えてるとは、百歩譲っても思わない。
「………知っていながら力を貸すと?見返りは何を求む?」
「ダークエネルギー。強さが欲しい」
「それならお安い御用だ。だが、強くなってどうするというのだ?」
「ケファノス様に引導を渡す。それだけがワシの望みよ。魔族の未来など興味はない」
それが本心かどうかは胡散臭いところだが、せっかくの協力の申し出を拒む理由もないし、利用出来るのなら大いに利用するだけ。
「まずは最大の邪魔者、黒仮面をどうするかだが………」
「奴はワシが始末を着けよう」
「甘く見ない方がいい。奴は闇に身を置く者。そう簡単には倒せん」
「だが、ダークエネルギーさえあれば、それも難しい話ではない………違うか?」
その自負があったからこそ、サン・ジェルマンは黒仮面を傍に置いていられたのだ。なにもかも見透かしている。
「フフ………そういうことだ。では早速計画を立てるとしよう。最後の戦いの………な」