第八十一章 運命 〜後編〜
「俺の勝ちだ」
誇るように宣言したのはエンテロだった。
いや、宣言と言うよりも、既に事が済んだ後。槍の矛先はシャクスの身体を貫いていた。
「…………これまで………か」
刺さった槍をエンテロが抜くと、聖騎士の象徴である白い鎧が赤く染まる。
崩れ落ちるように倒れ、絶命のカウントダウンが始まったことを意識した。
死ぬ間際でさえ、シャクスが思うのはクダイ達のこと。時間は稼げた。ザンボルまでは着いてないだろうが、そこそこ遠くまでは逃げてくれたはず。
「何か言い残すことはあるか?」
皮肉ではなく、善戦した敵への配慮。言い残すことがあるのなら、責任を持って仲間へ伝えてやろうと思っている。
「……………。」
だが、シャクスは何も言わなかった。
息はまだあるが、何も言わない。言えないのではなく、敢えて言わないようにも見えた。
「フン。まあいい。それも聖騎士としての意地だろう」
そう言った時、急に周りが騒がしくなった。
前方の手下達が、弾かれるように宙に舞う。
同時に近付く気配。エンテロには懐かしささえ感じる気配。
その気配の主は、ケファノスだった。
馬を止め、倒れ伏すシャクスの下に降り立ち抱き上げた。
「シャクス………」
エンテロの問い掛けに答えなかったのは、ケファノスの気配を感じて僅かな体力を残していた為だろう。
「ケファノス………クダイ達は……?」
「案ずるな。無事ザンボルに向かっている」
「………そうか……よかった………」
「すまない。もっと早く来るべきだった」
「………いや……これでいい…………これも運命だ……がはっ」
血を吐きながら、ケファノスの手を残された精一杯の力で握ると、
「ただ……クダイのことだけが心残りだ…………何も教えてやれなかった………」
「そんなことはない。お前の………聖騎士の魂はクダイにちゃんと伝わっている」
「………フッ………あいつは強くなる………もっとクダイの成長を………見たかった………」
「後のことは気にするな。余が全て引き受ける」
「ケファノス………」
「なんだ?」
「クダイ達は俺の弟達も同然だ………だから……死なないように………頼む………」
「………わかった。約束しよう。何があっても死なせたりはしない」
ケファノスの言葉を聞き届けると、静かに目を閉じ、薄い微笑みを浮かべ息を引き取った。
「死ぬ間際まで仲間のことかよ」
「貴様には解るまい。命を捨てても守りたいと思う者の気持ちなど」
言い捨てたエンテロを睨みつけ言った。
「これは………魔王様のお言葉とは思えませんねぇ。もっとも、人間に肩入れしてる時点で解り合うことなど不可能でしょうが」
「エンテロ。今しばらくその命預けておく。次に会う時、余と、余の“仲間”達がサン・ジェルマンもろとも貴様らを葬ってやる。首を洗って待っておけ」
シャクスの亡きがらを馬上へ乗せ、それから自分も跨がった。
「本気で魔族を裏切るおつもりですか?」
「図にのるな。貴様ごときに言われることではない」
走り去るケファノスの姿に見るは、魔王としての背中ではなく、限りなく人間に近づいた一魔族の背中だった。
ザンボルへ無事着いたクダイ達を出迎えたのは、ザンボルの兵士を従えたダンタリオン達だった。
「シトリー!!」
いち早く双子の姉を目にしたシメリーが飛び出し、ひしっと抱き着いた。
「バカバカバカバカ!シトリーのバカバカバカバカ!」
「………ごめんね、シメリー」
その様子を端から見るに留まれず、カカベルも駆け寄った。
ダンタリオンとカイムも、一安心と瞬間思ったのだが、晴れないクダイと羽竜の表情、二人に手を取られ歩くオルマに違和感を感じた。
そして、愕然とする。
「オルマ………その目は………」
「………その声は、麗しの賢者様かい?」
そんな遊びはいらなかった。
声で判断したということは、見たまんま、目が見えていない………そういうことだ。
「説明は後だ。早く見てやってくれ」
羽竜が促すと、ダンタリオンはオルマを抱き上げた。
「やれやれ………今日はいろんな男に抱き上げられるねぇ。ま、悪い気はしないけど」
シャクス、羽竜、ダンタリオン。心配されてる気持ちが嬉しいのは本当だ。
「ダンタリオン!シャクスとケファノスが………!」
呼び止めるクダイの言いたいことはわかっていた。
「わかっていますよ。カイム、お願い出来ますか?」
「ああ。行って来る」
まだ帰らぬ二人の仲間の下へ。
「よしっ!クダイ!カイム!俺の手を取れ!」
羽竜が炎翼を広げる。
言われた通りに二人は羽竜の手を取る。
「クダイ!」
「大丈夫。行って来るよ、シトリー」
日の昇った空へ飛んで行く。
悲報を………報されるとも知らずに。
運命。人の力の及ばぬ事。
未来。まだ訪れない時。
−運命は決まっている−
−未来は決まっている−
努力という力を持ってしても抗えない流れが、人の世には渦巻く。
そして、なにもかもが実体の無い何かの支配下にある。