第八十一章 運命 〜中編〜
「たいした奴だぜ。人間とは思えない強さだ」
「いい加減、手下じゃなく貴様が来たらどうだ?エンテロよ」
もう体力の限界だった。クダイ達の去った後、一騎当千を噛ましていたシャクスにも疲労が見える。
それを待っていたかのように、
「クックックック。まだやる気かよ。全く……見上げた根性だ」
槍で手下を押し退ける。
逃げることはないだろう。逃げ切れる確率もままならない。
エンテロの読みは正しい。逃げることを想定しての立ち回りはしていない。
逃げることを思惑に入れていたなら、隙を突かれとっくにやられていただろう。
「そんなに仲間が大切か?たった一人、後先考えずに居残ってまで………後悔するぞ」
「愚問だな。あいつらは俺にとって掛け替えのない存在だ。生きて欲しい。どこまでもあいつららしく生きてくれるなら、この命惜しくはないっ!」
嘘はない。これまでの一騎当千を手伝ってくれたスカイカリバーに全てを託す。
「………人間ってのは不憫な生き物だな」
「フッ。変わらんと思うがな。人間も、魔族も」
誰かを愛し、未来を求める。それが生あるものの在り方なのだと、シャクスは理解している。
向かう場所は違えど、本質は同じなのだと。
「ならばシャクス!お前の命をもって解らせてもらおう!」
力で正義を語ること。それもまた正義なのだということも。
「わたくしは、魔族は滅んでいくのだと思っております」
セルビシエの思慮を、黒仮面は敢えて否定した。
「まだそう決まったわけではあるまい。人間よりも卓越した能力を持っているのだ、むしろ繁栄していくと思うが?」
「身体的な能力の優劣は、種族繁栄に直接の影響はありません。ヴァルゼ・アーク様も同じことを思っているものと存じ上げますが?」
「フッ。では魔族は人間に負けると言うのか?」
「少なくともケファノス様はそう思っていたはず。だから人間との共存を選んだのです。そして、永い時間を生きるエルフも、いずれは滅ぶのでしょう」
「根拠は?」
「魔族もエルフも、自尊心だけが高いだけで、自分達に欠けているものがあるとは思っていません。しかし人間は、自分達に無いものを理解し、常に求めています。結果、新しい道具や新しい思考を生み出します。この違いは、必ず形になるでしょう」
「だが人間は愚かな生き物だ。争うということを永遠に止められん。繁栄する必要のなかった種族の一つだ。それが、どう間違ったのか、どこの世界でも繁栄してしまう」
「それも繁栄の理由の一つなのかもしれませんよ?」
人間の愚かさを語ろうとすると、つい熱くなる黒仮面を笑顔で宥めた。
セルビシエの考える通り、争う性質が人間を繁栄させて来たのは間違いない。
だが認めたくはなかった。
そう、ただそれだけ。
「人は自分の足りない何かを埋めようとします。それは決して叶わぬことなのに」
「それが愚かだと言うのだ。その為に傷つけ合い、犠牲を払っていく。常に見合った代価が手に入るとは限らないのにだ」
………自分もその一人。
黒仮面は心の中で付け足した。
「不思議なお方です。ヴァルゼ・アーク様は」
「俺のどこが不思議なんだ?」
「未来や運命を否定なさらないのに、それを認める自分は否定しようとしている………わたくしにはそう見えます」
「矛盾してるじゃないか?」
「それも魅力の一つですわ」
そう言われてしまえば返す言葉もない。
「この世界の行く末に何を残すかは、この世界の住人が決めること。サン・ジェルマンに未来を奪われるのか、決まっている未来へ進むのか………どちらも代わり映えのないものなのだろうがな」
紡ぐ未来は鏡に映る偶像。
真実を晒しているのに、誰も鏡の中までは入って行けない。