第八十一章 運命 〜前編〜
クダイ達は魔王城を出た。そこに最後の難関、魔族の大群が待ち構えていた。
すべきは強攻突破。先頭に立ち道を作るのは、
「俺がやる!」
羽竜。トランスミグレーションを振りかぶり、当然として大地を割る。
群れが左右に別れると同時に、全員が駆け出す。
いつも勝ち気なオルマは、シャクスの腕の中で身を任せ、シトリーはクダイに手を握られたまま一緒に走る。
羽竜が雑魚を蹴散らしてくれているおかげで、このまま逃げ切れる。そう思った矢先だった。
「おっと!逃がさねーぜ!」
エンテロが空を飛んで、再び立ちはだかる。
羽竜は急ブレーキをかけたように足を擦りながら止まる。
「野郎!まだやる気か!」
「黙れッ!不死鳥ッ!!やられっぱなしでいられるかっ!」
エンテロにも、意地もあれば責任もある。
おめおめ逃げられるわけにはいかないのだ。
「なら、お望み通り相手してやる!」
トランスミグレーションを構えると、
「待て。羽竜。ここは俺が引き受ける」
シャクスがそう言った。
「あん?なんだよ、いきなり」
真意が解らず、羽竜が振り向くと、唐突にオルマを渡された。
「ちょ、シャクス?!」
オルマは自分がシャクスから羽竜に渡ったことを感じ、怪訝な表情を浮かべたが、
「オルマ、お前は早く帰ってダンタリオンに目を診てもらえ。何かいい方法を知ってるかもしれん」
お構いなくシャクスは言った。
「何考えてるんだよ?」
クダイが聞くと、
「クダイ。一度剣を構えたら、自分を信じるんだ。己の進む道を疑うことなくな」
「シャクス………?」
「俺は若い頃の後悔をずっと引きずって来た。同じ思いをお前にさせたくないんだ」
「だったら、僕も戦うよ!」
「ダメだ」
「な、なんでだよ!」
「サン・ジェルマンがシトリーを狙っている以上、少しでも早くシトリーを遠ざけたい。それに、オルマの目の治療も急ぎたい。お前と羽竜にそれを頼む」
それは、ここで一手の足止めを引き受けるということ。
すっかり囲まれつつある中、シャクスは一人残る判断をした。
「一人じゃ無理だろ」
羽竜が心配して言ったが、
「見くびるな。伊達に聖騎士を名乗っちゃいない」
シャクスはエンテロの前に出た。
「おもしれぇ。たった一人で俺とこの数を相手するってか」
エンテロはシャクスの向こう側にいる魔族の群れを見た。
どう考えても無謀無策。自信を見せるシャクスの本気が見てみたくなった。
「いいぜ。通れよ。お前らは逃がしてやる。どうせコイツを倒したら、追っかけて殺すけどな」
エンテロが言うと、
「………………すぐ戻って来るから!」
クダイはそう言った。
羽竜もクダイに習い、シャクスに任せることにした。
「死ぬなよ」
そう告げて。
クダイ達がエンテロを抜けて行くと、スカイカリバーを構える。
「あの世でアスペルギルスが待ってるぞ」
「………アスペルギルスを倒したのか………?」
エンテロは驚いた。まさかアスペルギルスが殺られるとは思っていなかったらしい。
「………ますますおもしれぇ。強いとは思っていたが………へっ、まさかアスペルギルスを倒すとはな。………気に入った。とことん付き合ってもらうぜ………シャクス!」
「三途の川を渡る手間賃は払ってやるよ!」
シャクスは、銀貨を一枚取り出し放った。
銀貨は、二人をジャッジするかのように回転しながら舞う。
その銀貨が地面に落ちるのを合図に、シャクスとエンテロは戦いを始めた。
魔界を離れ、夜明けの森の中をひたすらに走ってると、脇から馬が飛び出して来た。
「うわっ!」
危うく衝突しそうになった羽竜は、オルマを落とさないようにして尻餅をついた。
「いってぇ………」
なんとかオルマは落とさずに済んだが、結構な衝撃にそれ以上言葉が出なかった。
見上げると、馬上にはケファノスが騎乗していた。
「ケファノス!!」
クダイとシトリーが駆け寄る。
なんとも馬の似合う男だと思う。白い髪がふわっと風に揺れ動く。あらかじめ予定されていたかのように。
「シトリーを助けられたのか」
「うん。だけど………」
クダイは、ようやく起き上がった羽竜の腕の中のオルマを見た。
「ケファノスがいるのかい?」
オルマは羽竜から跳ねて一人で立った。
「目をやられたのか」
「………しゃあないよ。生きてるだけマシだよ」
強がっているのは一目でわかる。
だからクダイ達は何も言わない。
「………深いな」
オルマの瞼を触り、傷の深さを知る。
もしかしたら。そう思ったクダイの気持ちとは別に、オルマの怪我は大きいものらしい。
「ダンタリオンなら治せるんじゃないかな?賢者だし、いろんな魔法使えるだろうから」
いろんな魔法を見たことはないが、賢者としてのスキルは本物だ。信頼度は高い。
そう疑わないクダイを無視して、
「………覚悟はしておけ。オルマ」
ケファノスは治癒しないだろうことを本人に告げた。
「勲章だよ。あたしの人生最大の」
仲間の為に命を………自己満足だとはわかっている。大切なのは、それが出来たということ。
だから、帰ったら言ってやろうと思う。シャクスとダンタリオンに。国に仕える者では到底出来ぬ判断だろ?と。
もし、少しでも早く………世界中の王族がいて、なぜもっと早く動いてくれなかったのか。
恨む気持ちはないが、目を覚ませと言ってやりたい。
そんなんだからサン・ジェルマンに足元をすくわれるのだと。
「ま、助けたのはクダイだけどね」
肩眉を上げ、おどけて見せた。
「そんな………私、嬉しいよ!私なんかの為に、そこまでしてくれて………」
「ふふ。ありがとう。シトリー」
また泣き出しそうなシトリーの頭を、意外にもケファノスが二撫でほどして、
「いい“姉”が出来たな」
ニコッとした。
シトリーはただ頷くだけだったが、これからオルマの目の代わりになって生きて行こうと強く誓うのだった。
そして、ケファノスは一人姿の見えないシャクスが気になった。
「シャクスはどうした?」
「俺達を逃がす為に一人で戦ってる。オルマの治療を急ぎたいし、シトリーも狙われてる以上、少しでも早く戻れって言われてな。あんた、悪いが加勢に行ってくれ。俺達も後から行く」
羽竜が淡として答えると、
「わかった。お前達はザンボルに戻ってダンタリオンに伝えてくれ」
ケファノスはまた騎乗した。
「ケファノス。早くシャクスのところへ行ってあげて!」
シャクスにまで何かあったらと、シトリーが不安げに言った。
ケファノスは強く頷いて馬を走らせた。
「急ごう。ケファノスとシャクスだけではさすがに心配だ。僕と羽竜だけでも加勢に行かなきゃ」
「ああ。そうだな。急ごう」
クダイに芽生えた不安。羽竜の中にも芽生えていた。