第八十章 絆を知る
「ぬうっ…………これほどまでに強いとは………」
「アスペルギルス、貴様も今日が最期の日だ」
そう宣言したシャクスは、スカイカリバーをアスペルギルスの胸に突き立てた。
「ぐお………………おお…………………」
アスペルギルスの太い肋骨さえものともせず、スカイカリバーは豆腐でも切るように音も立てなかった。
「………こんな……こんなところで…………我が志しが……………」
息絶えていくアスペルギルスを見て、その勝利に疑問を残していた。
「オルマ」
壁にもたれるオルマは、穏やかなシャクスの声に安堵した。
「来てくれたんだね」
「なんで一人で来たんだ。なぜ一言言ってくれなかった」
オルマの頬を撫でながら、瞼にもさりげなく触れる。
ダンタリオンの魔法なら治せるかもしれないと。
一言言ってくれたなら………こんな結果にはならなかっただろう。
一度は愛した女。どうか、失明だけはしないでほしい。
「一言言ったら、付き合ってくれたのかい?」
シャクスの問いに、笑顔で答えた。その笑顔は、今まで見たオルマの笑顔の中で一番“女”らしかった。
「アンタやダンタリオンは国に仕える身分。優先するものがあたし達とは違う。シトリーを助けられるなら、あたしは死んでもいい。そういう覚悟で来たんだ」
「だからと言って、無謀じゃないか!」
「あたしは聖騎士を諦めてエルガムを離れてから、ずっと一人で生きて来た。町も失くなって帰る場所の無い、あたしが見つけた唯一の居場所なんだよ………アンタらは。シトリーもその一人。妹みたいなもんさ。それに、シトリーに何かあったら、クダイに合わせる顔がないじゃないか」
「オルマ………」
「あの二人には上手くいってほしいんだよ。あたし達みたいにはなって欲しくない。いつか、クダイが自分の世界に帰ってしまうとしても………」
「…………バカだよ。お前は」
シャクスはオルマを抱き締めた。
そして、勝利の末に残った疑問。
オルマを傷つけられ、その仇をと戦ったことに後悔はない。
だが、アスペルギルスの想いを知ってしまった。人間と魔族の戦争を仕組んだのがサン・ジェルマンだったとしても、自分は正しい戦いをしたのだろうか?して来たのだろうか?
互いに未来を望んでいたのに、どちらかが滅ぶまで戦うことが正義と言えるのだろうか?
話し合いで解決しないことも多い。それでも、道を作るのはその時代に生きる者。きっと、道はあったはず。
残った疑問は、いつまでもシャクスを苛み続けるだろう。
「シャクス?!」
そこへ、クダイ達がやって来た。シトリーを連れて。
「クダイ!」
無事な姿のシトリーを見て、事が済んだことを知る。
互いに喜びたいところではあったが、クダイの目に飛び込んで来たのは、目から血を流すオルマの姿。
「オル……マ………?」
明らかに軽くない怪我を負っている。
それはシトリーにもわかるものだった。
「オルマ………どう……したの?」
恐る恐る声を発したシトリーの声を聞き、
「シトリー?シトリーなのかい?」
「うん。そうだよ」
「よかった………無事だったんだね」
シトリーの声を聞けたことがなによりだった。
命を懸けたんだ。目を失っただけで済んだのなら、それは幸いだろう。オルマは自分にそう言い聞かせた。
「まさか私の為に?」
「可愛い妹の為だからね。このくらいなんでもないさ」
シトリーは涙を堪え切れなかった。
自分の為に命を懸けてくれた者がいる。自分の為に目を失った者がいる。
かつてエルフの国を出てクダイ達に着いて行くと決めた時、ケファノスに言われた言葉を思い出す。
−深い懐に護られていたことに感謝しろ−
愛情なんて言葉が安っぽいくらい深い想いに抱かれている。未だに。
「待って。今、魔法を………」
出血の量を見れば、魔法でどうにか出来るレベルでないことくらい解る。
傷を塞ぐことは可能でも、失った光を取り戻せる可能性はない。眼球まで傷を負っているのなら。
それを知ってるのは本人のみ。オルマは見えないながらも、シトリーの手首を掴んで、
「無駄だよ。魔法で治る傷じゃない」
「でも………」
「アンタが無事なら、それでいいって」
シトリーはオルマにしがみつき、泣きじゃくるしかなかった。
「長居は無用だ。早く行こうぜ」
羽竜が言うと、シャクスはオルマを抱き上げ、クダイはシトリーの肩を抱いた。
沈黙はすぐに訪れ、目的を果たしながらも晴れない気持ちに、クダイ達は向き合う気にはなれなかった。