第七十九章 アウェー
「羽竜ーーっ!!」
“元気よく”が似つかわしくないこの状況で、クダイは声を張り上げ駆けて来た。
その手には、白く細いシトリーの手が握られている。
「無事助けることが出来たみたいだな」
正直、羽竜もシトリーの安否が気になって仕方なかったのだ。
ニタッと笑った。
「あれ?黒仮面は?」
暢気な奴だ。いや、意外と現金な奴なのか?わからなくはないが、シトリーを助けた途端、あの危機迫る男の顔でなくなっている。
羽竜は、「ま、いいか」と心で呟き、
「都合が悪くなると逃げるんだよ、アイツは」
「ふぅん。で、代わりがアイツなんだね?」
エンテロがいる。
いきさつはよくわからないが、羽竜が頑張ってくれていたのは確かだ。
「どうする、クダイ?」
「どうもこうもないよ。シトリーは助けたし、早く帰らないとみんなに怒られるから」
「そうか。なら………」
クダイとシトリーに確認を取るように見回し、
「逃げるぞっ!」
空を斬るトランスミグレーションから、強大なエネルギーの衝撃波がエンテロに襲い掛かる。
「ぐっ………なんてパワーだ!」
受け止めるのが精一杯のエンテロの横を一気に駆け抜ける。
「じゃあね、エンテロ!」
クダイは舌を出し、中指を立ててやった。
そのジェスチャーが果たして通用したかは別として、エンテロを逆なでしたことには成功したようで、竜人の顔を曇らせていた。
一時はどうなるかと不安を抱いていたクダイも、シトリーを助けた今は自分でも不思議なくらい、意気揚々と走ることが出来ている。シトリーの手を握ったまま。
その手には、誰より希望を感じる二人の想いがある。
クダイがいてくれれば、シトリーがいてくれるのなら、なんでも出来る気がする。どんな脅威も恐怖にならない気がする。
二人が見つめ合い微笑んだ時、クダイはこの世界に残ろうと決心した。
シトリーはクダイに着いて行くと心に決めていた。
違う世界に生きる二人には、それは究極の愛の形。
同時に、決して祝福されない愛であることも知っている。
つむじ風の中、愛という言葉だけを頼りに二人は走っていた。
「もうすぐ夜が明けるぞ」
疲れはあるのに眠れなかった。
カイムの投げた言葉は、ダンタリオンに届いているはずなのに、彼は答えなかった。
「大丈夫だべ。シャクスとケファノスも向かっただ、きっとみんな無事で戻って来るだ」
眠れなかったのはカカベルも、そしてシメリーもだった。
「ねぇ、ダンタリオン。私達、勝てる戦いをしてるのかな?」
サン・ジェルマンの得体の知れない力。時の秘法。
調べてわかる力ではなかった。
クダイ、ケファノス、シャクス、ダンタリオン、オルマ、カイム、そして羽竜。これだけの実力者が仲間でいるのに、サン・ジェルマンへの対抗手段が見当たらない。もし、クダイ達を本気で倒そうとサン・ジェルマンが考えたら………そう思うと、シメリーは答えを求めずにはいられない。
「まだ全ての書物を調べたわけではありませんし、仮に伯爵が無敵なら、これまでの事があまりに回りくどいやり方だとは思いませんか?私見ばかりで恐縮ですが、伯爵には剣も魔法も通じないでしょう。しかし、それは無敵という意味ではなく、時の秘法を使った理由を暴かれたくない為の副産物によるカモフラージュ。クダイ達が伯爵に戦いを挑まぬ以上、予定外の戦いで手の内は見せないと思います」
こういう理論的な話ならばいい。感情的な話は苦手なのだ。だからカイムの話には乗らなかった。
それを察して、カイムの方からダンタリオンの話に乗る。
「剣と魔法以外に、効果のある攻撃方法があるのか?残念ながら、クダイ達は物理攻撃しか使えない。羽竜はどうか知らないが、いずれにしても剣が通用しなかったら………」
「そうだよ。もしクダイがシトリーを助け出そうとしてるなら、サン・ジェルマンだって黙ってないと思うよ」
シメリーもカイムに同意見だ。
それに釣られたようにダンタリオンは喋り出す。
「時間を身に纏い、自らの周りの時間を凍結するという解釈を、私は不老に近い状態に肉体を持って行くものだと思っていました。でも、ひょっとしたらそれは間違いなのではないかと、考え直しています」
「もっとわかりやすく言ってけろ。わだすには教養がねぇから難しいだ」
「わかりました。………伯爵が肉体的な無敵を見せる理由は、体力的に人間の壁を超えられなかったというのと、無敵を印象付け私達の士気を下げることが挙げられます。ただそれは、重要な理由ではありません。なぜなら、時の秘法を使った結果に頼った策だからです。時の秘法がもたらす最高の恩恵は、脆弱な何かを無敵の肉体で隠すことにあるのではないかと」
もちろん、根拠は無い。これまでのサン・ジェルマンの立ち振る舞い、自分がサン・ジェルマンの立場ならどうするかを考察した結論に過ぎない。
「普通、肉体を無敵にしたのなら、誰に頼らずとも戦えるはず。それに、私達は伯爵の障害でしかありません。目的があるのなら、私達を倒してからの方が都合がいい。そうしないのは、戦うことで秘密を暴かれてしまうことを恐れるからでしょう。伯爵が隠す脆弱な何か。それさえ解れば伯爵に隙が出来る」
ダンタリオンには自信がある。サン・ジェルマンはシナリオ通りでなければ戦えない。無敵でありながら、黒仮面やアスペルギルス達を頼るのは、サン・ジェルマンが考えるシナリオには、サン・ジェルマン自身“しか”存在していないからだと。
元から、この戦いそのものが視野に入っていない。アスペルギルス達を利用するのは、シナリオに無いものを相手にさせて、あたかも自身も戦いの当事者かのように見せ掛ける為。
「クダイにはジャスティスソードがあります。ジャスティスソードは未だその正体が謎です。いつ、誰が、どんな目的で造ったのか。そんなものを持つ者を相手に、伯爵も本気では戦えないでしょう。追い詰められたクダイが何を起こすか………誰も想像出来ないでしょうから。まして、シトリーを助けたいと強く願っているのなら、尚更手出しは危険です。問題は伯爵ではなく、黒仮面やアスペルギルス達をかわせるかどうか。それだけです」
理論的な考察はカイム達を少しは安心させる。言葉の魔術というよりも、ダンタリオンの話の上手さだろう。
そして、ある考えがダンタリオンに浮かんだ。
カイム達には完璧に見える理論も、実は内面は根拠もなく、ダンタリオン自身の不安を払拭させる自己満足に近い理論だ。
同じことがサン・ジェルマンにも言えないだろうか?
一見、無敵を誇るサン・ジェルマン。しかし、それは肉体のみに言えること。表面の無敵に惑わされてはいるが、その内面はどうなのだろうか?
(もしかして………)
そう考えると、朧げながらも謎と思っていたもののの実体が見えて来る。
その実体を前に、ダンタリオンの自信は確信へと変わっていた。