第七十八章 絶対領域
「こいつは愉快だ。この女、貴様の女だったのか」
アスペルギルスはオルマをしばし見つめ、
「いいだろう。返してやる」
シャクスの足元に投げる。
そしてシャクスは、すかさずオルマに駆け寄り、上半身を抱き抱えた。
「オルマ…………」
目を潰されたオルマにかける言葉は見当たらなかった。
その空気を察知したのか、温もりの感じる方に頭を動かし微笑んだ。
「いつからアンタの女になったわけ?」
「バカやろう」
それに応えるように、シャクスも微笑み、オルマの手を握った。
「シトリーを………助けなきゃ」
「わかっている。全て任せておけ」
「………じゃあ………お願いするわ」
オルマを壁際まで運んで、壁にもたれさせる。
シャクスは、
「アスペルギルス。シトリーはどこだ?」
オルマが、目を失ってまで助けようとしたのだ、連れて帰るのならシトリーも一緒でなければ自分自身も納得出来ない。
「それを聞きたいのなら、サン・ジェルマンに聞くことだ」
自分を倒さぬ限り、望みは叶わぬと言いたげな火のアスペルギルスは、全身に炎を纏う。
「貴様ら人間は、魔族に怯え生きているかのようなことを語る。しかし、我々の魔族方が人間に怯え生きているのだ。個々の能力では人間には勝っているが、絶対的な数では遥かに劣る。ケファノス様は、人間に交渉し、共存の道を模索していた。それを貴様ら人間側が裏切ったことで、我々には深い溝が出来た。我々は負けるわけにはいかんのだ!我々魔族にも未来があるのだからな!」
声高な想いは、悲痛を隠し続けた魔族の想い。人間と魔族間の戦争の火種は、サン・ジェルマンが撒いたもの。“人間が裏切るように”仕向けたサン・ジェルマンの思惑に過ぎない。
ならば、互いに戦う理由は無いはず。
だが、シャクスは言わなかった。
アスペルギルスもわかっていることなのだ。わかっていて人間に戦いを挑んでいる。ケファノスが居なくなったことで、舵の利かなくなった船は航路を見失った。目的を達成するには、人間か魔族のどちらかが地上を支配することで決着を見る。そうするしかなかった。
「ケファノスを裏切ったのは………いや、言うまい。それほどまでに決意を堅くしているのなら、血を見ることでしか終わることなど出来んのだろうしな」
「さすがは聖騎士シャクス。理解が早い。絶対数で劣る我々が未来に行くには、貴様ら人間の数を減らすしかないのだ。………ゼロまでな」
シャクスはアスペルギルスの言葉に騎士魂を垣間見た。
「アスペルギルスよ、教えてやる。主を裏切ってでも種を守ろうとする気持ち。それは貴様ら魔族が煙たがる愛というものだ」
「………愛………だと?」
「俺は一人の女への愛の為に。貴様は種への愛の為に。命を捧げねばならんのだ。………運命に!」
「………面白い。我にも愛が存在したのなら、その愛に従事してみるのも一興。命は当の昔に捧げている。………来いっ!聖騎士シャクス!!」
「申し訳ございません。居場所を追われる結果を招いたのは、わたくしめの失態。どのような処分も覚悟しております。」
遠くに見える魔城。
セルビシエは黒仮面の背中に話した。
「気に病むな。全て、俺の手の中で事は進んでいる。どこにいようと結果は変わらん。それに、居場所はここにあるじゃないか」
そう言って振り向くと、セルビシエの肩に手を乗せた。
「あぁ………ヴァルゼ・アーク様………勿体ないお言葉」
自責に囚われぬように、気を遣っただけなのはわかっている。それでも嬉しいのだ。
「これは俺の勘だが、この世界はジャスティスソードと深い関係がある」
「ジャスティスソードと………世界が?」
「ジャスティスソードを誰も扱える者が居なかった時代では、この世界は安定していた。それが、クダイが現れたことで戦火に塗れて行く。ジャスティスソードを使う度に」
「そういえば、あの少年は無眼の構えも使うと、エンテロが申してたのを記憶しております。それも何かの関係があるのでしょうか?」
「瞳を閉じた闇の中で見る光の軌跡。相手の存在、攻撃の道標まで見るらしいな?」
「はい。無眼の構えの時の彼の攻撃は、刹那を超えると」
「………フッ」
黒仮面が微笑した。それの意味するところはただ一つ。
「まさか、無眼の構えがなんであるか、わかったのですか?」
「ああ。だが、ジャスティスソードや無眼の構えを使おうとも、サン・ジェルマンの秘密を暴かぬ限りクダイに勝ち目は無い。問題は、それをどうやって“知る”かだ」
ということは、サン・ジェルマンの秘密、自己時間の凍結の正体を黒仮面は知っているのだ。
「しかしながら、サン・ジェルマンが負けてしまったら、時間を終着させる力が見れなくなってしまうのでは………?」
「まあ、黙って見物してようじゃないか。絶対防御の中にいるサン・ジェルマンと、世界で唯一の力を手にするクダイ。二人の駆け引きを」
そう。どんな“絶対”も黒仮面の前では意味を成さない。なぜなら、彼の持つ剣の名前、それは絶対支配。
彼の前では全てが平伏す。




