第七十七章 代償
一方、オルマとアスペルギルスの戦いは熾烈を極めていた。
オルマは、シトリーを目の前でさらわれた責任を感じて。アスペルギルスは、
「こんなにも戦いに興じてみたいと思ったのは何年ぶりか…」
もやもやとしたものがなんであるか確かめ為に戦う。
「そうかい。でも、あたしには迷惑な話だよ」
「たかだか少女一人の為に、貴様らは命を省みずやって来るのだから理解に苦しむ。エルフの王女だからか?」
「そういうのは関係無いんだよ」
「フ………だろうな。だとすれば、エルフの兵士が来なければなるまい。では、なんだと言うのだ?まさか愛だなどと語るまいな?」
人間の常套句は、魔族には理解不能な領域。だから、セルビシエの行動にも納得いかなかった。
そんな一言で語られてしまうものならば、いっそ煙に巻かれてしまった方がいい。そのくらい理解に苦しむ言葉なのだ。
「愛………ねぇ。そんな曖昧なもんじゃないよ」
「ほう。人間であるお前が愛を否定するのか?」
「否定するわけじゃぁない。ただ、あたしがシトリーを助けたいのは、もっと確かなもんなだけさ」
「確かなもの………?」
「絆ってヤツさ」
「………クク。笑わせる。絆だと?愛と大して変わらんではないか」
「いいや。愛ってのは夢みたいなもんさ。だけど絆は違う。確かにそこにあるものなんだよ」
「………わからんな。何が違うのか」
魔族は人間より遥かに長い時間を生きる。その長い時間の中の一瞬だけ、アスペルギルスは人間を理解しようとした。
なぜそんなことを思ったのか、それはアスペルギルス本人にもわからなかった。
「なら次は人間に生まれて来ることだね!」
オルマが仕掛ける。
アスペルギルスはすぐに反応しようとしたが、思い留まりオルマが目先に来る僅かな時間を待つ。
童子切りの刃がアスペルギルスの頬をかすめた。それはオルマの腕の良さではない。アスペルギルスがモーションを小さくしただけのこと。そして、狙うは、
「人間などに興味はない!」
「うわあぁぁぁぁっ!!」
アスペルギルスの長い爪が、オルマの目を………両目を傷つけた。
視界が塞がったことよりも、脳天を突き抜ける激痛で意識が飛びそうになる。
殺される。シトリーを救うことも出来ないまま。
「うぐぐぅ…………ぐっ………」
絶叫さえままならない痛みは、戦意喪失させる。
「その目ではもう戦えまい。残念だったな」
オルマの顔面をわしづかみにし持ち上げる。
「愛だとか絆だとか、一体どれほどの価値があるというのか………」
「命を懸けるだけの価値があるんだよ」
「誰だッ?!」
「人はそれを糧に生きてるんだ」
影がぬっと伸び、アスペルギルスの前に。
「貴様………聖騎士シャクス!!」
その名を聞いて、オルマは耳を疑った。
(シャクス………そんな、まさか……どうして…………)
だが、聞こえた声はシャクスのものだった。
安堵からか、両目から流れる血に混ざって涙が零れる。
間違いなく自分を追って来たのだ。助けて欲しいと思った時に来てくれた。
聖騎士の座を、彼に譲ってよかったと、この時ようやく思えた。
「シャ………シャクス……」
勝ち気なオルマの声ではなかった。弱く、行き場の失った声。
それはシャクスに火を点ける。
「オルマから手を離せ、アスペルギルス」
スカイカリバーがギラリと鋭く光る。
「聞こえなかったのか?」
アスペルギルスの大きな手の中のオルマの状態を見て、自分が来たのが遅かったと知った時、シャクスの怒りは絶頂に達す。
「俺の女から手を離せと言ってるんだッ!!!」
いつも誰かが犠牲を払う。
それが代償代価ならば、世界に望むものなど何も無い。