第七十六章 見落とされた力
「そんな…………」
クダイの前に立ちはだかるのはサン・ジェルマンだけではなかった。
なにより大きく立ちはだかるのは絶望。
既に肉片になっていてもおかしくないくらいに、サン・ジェルマンを斬りつけている。しかし、何度斬りつけても元に戻るのだ。
「ジャスティスソードが………効かないなんて………」
うっすら感づいてはいたが、実際目の当たりにしてしまうと、恐怖感すら覚える。
真っ二つに裂いた肉体には、“臓物”の類はなく、黒い煙が出て来る。
それは、サン・ジェルマンの身体が“肉体”ではないことを示唆している。
「私は自分自身の時間を凍結している。ありとあらゆる“接触”を避けることが出来るのだよ」
「幽霊かよ………」
「そうではない。確かに私は“居る”。もっとも、仕組みを説いたところで理解は出来んだろうが」
これでは話にならない。攻撃が通じない以上、剣を交える意味がなくなっている。
存在はしているのに、生物学上有り得ない存在の仕方。考えれば考えるほど不思議なのだが、それを今ここで考え込むわけにもいかず、クダイはある決心をしてサン・ジェルマンに突進する。
「わからん奴だ」
一応、剣でクダイを迎え撃つ。
ジャスティスソードはサン・ジェルマンの剣に音を立てぶつかる。
反動で離れると、すかさず横一閃でサン・ジェルマンの身体を裂く。
黒い煙がもわっと排出する。
サン・ジェルマンは痛がりもせず、ニヤつくばかり。
クダイが見るのは、黒い煙の向こう側。シトリーのみ。
サン・ジェルマンを斬り裂いたその後、クダイはすぐに走り出し黒い煙され振り払い、シトリーの下へ行く。
「シトリー!!」
シトリーの右肩を強く掴んで名前を呼ぶ。
「シトリー!僕だよ!クダイだよ!!」
目をつむったまま、秘めたる魔力を溢れさせている。
まるで眠り姫。一切の応答を見せなかった。
「お願いだよ……目を開けて返事してくれよ!!」
応えて欲しい。反応して欲しい。小さなアクションでいい。ぴくりともしないシトリーを見て、胸が苦しくなる。
「無駄だ。その娘は時間構築魔法具によって意識を断たれている。呼んだくらいでは………」
身体を元に戻し、そうサン・ジェルマンが言った矢先、
「…………ダイ……」
シトリーがゆっくりと目を開いた。
「シトリー………シトリー!」
「……クダイ………」
虚ろながらもクダイの呼びかけに応え出した。
「なんと…………信じられん………」
サン・ジェルマンの“常識”は覆り、シトリーは目を覚ました。
「クダイ…………私………?」
「よかった。僕がわかるんだね?」
感情が優先し、思わずシトリーを抱きしめる。
「ク………ククククダイ??!!!」
置かれてる状況に気付くよりも早く照れがやって来た。
真っ赤な顔には虚ろな瞳は無く、いつものくりっとしたシトリーの瞳だった。
「そうだ………私、セルビシエに連れられて………」
「それは、さらわれてって言うんだよ」
笑顔のクダイからは涙も流れていた。
クダイは涙を一拭いすると、
「逃げよう。シトリーさえ無事ならここに用はない」
「クダイ………うん!逃げよう!」
時間構築魔法具によって意識を断たれていたシトリーは、不自由な部分を残すことなく目覚めている。
「そうはさせん。その娘にはまだ働いてもらわねばならんのだ」
「どけ!サン・ジェルマン!」
「フフ………私には剣も魔法も効かぬのだぞ?その気になればお主を殺すことも可能だということを忘れるなよ」
「やってみろよ」
「………ほう。言うではないか。策でもあると?」
「策?そんなもの必要無い!僕にはこれがある!」
そう言ったクダイは、目を閉じる。
肉体が幻想のものであったとしても、存在はして“居る”とサン・ジェルマンは断言している。
慢心から零れた真実だろう。
シトリーが意識を戻したことで、クダイの気持ちに余裕が出て頭の回転もキレが増したのかもしれなかった。
かと言って、具体的にどうだとか言えるまでの理論はなく、この場を凌ぐのが関の山であるのは定かだ。
シトリーと、その事実を持って帰ればいい。
「シトリー、走るけど着いて来れる?」
優しく、でも頼もしい口調だった。
「うん。魔法でスピード上げるから。それに………」
一端、クダイから目を逸らし、
「それに、クダイがそうして欲しいなら、私は大丈夫だから!」
二人は互いに微笑みかけると、
「行くよ!シトリー!」
「うん!!」
サン・ジェルマン目掛けて突っ込む。やることはさっきと同じこと。
真っ二つに裂いて、そのまま外へ出るだけ。
「小僧………そう簡単にことが上手くいくと思うな!」
世の中をナメてる若者に、わからせてやるかのように言い放ち剣を再び構える。
「私の野望を、貴様ら如きに止められるものかーっ!!」
駆けて来るクダイを徹底的に潰すつもりで剣を振るうサン・ジェルマンだったが、
「な………!!」
見えなかった。ジャスティスソードの太刀筋が………見えなかった。
さっきまでは、クダイへ精神的ダメージを与えようと“わざと”斬られていた。
絶対の自信があったからの遊びが、サン・ジェルマンに冷や汗をかかせる結果になる。
直前まで捉えていたクダイの姿は、気付けばそこにおらず、裂かれた上半身が下半身から落ちた。
「物事って結構、簡単にいくもんなんだよ!」
「もんなんだよ!」
捨て台詞を吐いたクダイの調子に乗った、シトリーにまで言われる始末。
シトリーの手を取る。そして、ヨウヘイを見上げた。
(ヨウヘイ………)
クダイは、歯を食いしばりそのままサン・ジェルマンのいた部屋を出て行った。
「お………おのれ………小僧めっ……!!許さんぞ!!」
身体を元に戻すのに、差ほど時間は要しない。
それでもクダイを追わないのは、クダイから得体の知れない力を感じたからだ。
それは人の力ではなかった。
時間を、おのが力とし、数多の戦いをくぐり抜けて来た自負を、いとも簡単に消し去ってしまうような力。
剣の腕も無い、人としても未熟なクダイがサン・ジェルマンを震撼させた力。
やがて、その力の前に世界は屈することになる。