第七十五章 The conditional future
「大分、腕を上げたな。羽竜」
トランスミグレーションは黒仮面を捉えはしないものの、黒仮面の剣もまた羽竜を捉えられないでいる。
「よく言うぜ。いっそ、けなしてもらった方がいいくらいだ」
隙を突いた一撃をあっさり受け止められる。
「羽竜。人とは哀しい生き物だ。そうは思わないか?」
「ケッ。また難しいこと言うつもりか?」
「まあ聞け。………人は見なくていい幻想を見て傷つく。どれだけの時間を費やそうとも、破れた幻想の続きを誰かが引き継ぐ」
「別にいいじゃねーか。そうやって人は繁栄して来たんだ。俺達やこの世界だけじゃない。全ての世界で言えることだろ」
「あらかじめ用意されてる未来の為に、傷つくことさえプログラムされている。それでもお前はまだ運命を信じるのか?」
「運命を信じるんじゃない。自分を信じるんだ。不可能かもしれない。不確かかもしれない。でも、歩き続ければ何か見つけられるはずだ。あんたはこの世界に終末を見たのかもしれないが、諦めなければ別の未来へ行ける。奇跡なんかより、ずっと信頼出来るぜ」
「………奇跡なんかより信頼出来る?戯言だな」
「………っんだと?」
「なぜわからんのだ?!救おうと思って救えた世界はあったか?!いつも俺達は涙を飲まされたはずだ!どんなに手を尽くそうとも、幻想は幻想でしかない!救えないものを救うことなど出来んのだ!」
「………なんだよ、あんたにも救いたい世界があったってのか?」
「……………。」
「救えなかったのは、何かが足りなかったからだ!俺達のやることが、いつも完璧だなんて保証はないだろ!在りもしない………見えもしないものを追っかけて、自分勝手に傷ついてんのはあんたじゃないか!救えたものを救えなかった時間に後悔して、それを運命のせいにしてる奴より、ダメかもしれないけど、やれる精一杯のことをやる奴の方がずっとマシだぜ!」
二人の言い分は、誰もが抱くジレンマだった。
一人の人間の心を二つに分けたような二人。
だからこそ惹かれ合う。
「俺もお前に同意見だな」
羽竜と黒仮面の戦いに水を注したのは、エンテロだった。
「なんだお前?」
「俺か?俺は土のエンテロ。四天王の一人だ。ありがたく思え、アイツを倒すのに手を貸してやる」
やる気満々で槍を構える。
「断る」
そんなエンテロに、羽竜は冷たく、文字通り断った。
「おい、せっかく手を貸してやるって言ってんだ。素直に借りりゃあいいんだよ」
「足手まといになるだけだ」
「な、なんだとっ?!」
すると、今度はセルビシエが現れる。
「子供にバカにされるようでは、貴方もおしまいではなくて?」
「セルビシエ………」
「ヴァルゼ・アーク様。バチルス将軍が貴方様を殺そうとしています。わたくしとしましても、魔族に義理を立てる理由が無くなりました。どうぞ、遠慮なくわたくしをお使い下さい」
従順な家来とは違った、言うなれば純粋なまでの恋心がそうさせる。言わせているのだ。
「セルビシエ!本気で裏切る気なんだな!」
「しつこいですわね。わたくしの身も心もヴァルゼ・アーク様のもの。裏切り者呼ばわりされる筋合いはございませんわ!」
甘い声を出したかと思えば、エンテロに対しては辛みしか感じない声色を使う。
「おい!不死鳥!お前からも何とか言ってやれ!」
怒りが収まらないエンテロは、羽竜を巻き込んだ。
何を言っても“女”には勝ちようがないのだ。言葉では。
「なんで俺が……」
黒仮面は笑いを肩で殺し、
「クク……ここに来て状況は俺に不利に働いたか」
「………にしては楽しそうだな。またろくでもないこと考えついたんだろ」
黒仮面が悪戯な笑みを見せる時は、良からぬことを考えてる時だと決まっている。そう疑わない羽竜は、エンテロを無視して黒仮面ににじり寄る。
「無礼な。下がりなさい!」
殺気を感じたのか、セルビシエが鞭で床を打った。
「ホント………なんつーか、女を手なずけるのはうまいよな。感心するぜ」
「口の減らぬ……!」
羽竜の暴言にムカついたというよりも、自分の知らぬ女の影がちらつくのが嫌だった。
だから言葉より先に鞭が飛んだ。
「フン。あたんねーって」
首を傾けかわした。
「まだ次がありますわ!」
第二波のモーションに入ると、
「もういい。セルビシエ」
黒仮面が止める。
「羽竜」
「あん?」
「人が見た幻想の果てに何が起こるのか。その目でよく見ておくことだ」
黒仮面とセルビシエの身体が透けていく。
「お前にはその義務がある」
いずれまた現れるのだろうが、今はどこかに行ってしまった。
「あんの野郎………」
羽竜はトランスミグレーションを大きく振るい、溜まったフラストレーションを壁にぶつけた。
「チッ。…………まあいいや。…………お前で我慢してやるよ」
後ろに立っていたエンテロにそう言った。
「それは俺のセリフだ。手ぶらじゃ帰れねーからな。不死鳥の死体でも持って帰ることにするよ」
エンテロが竜人の姿になり、羽竜と激しくバトルを開始した。
羽竜は思っている。
確かに救えない世界があった。何かが足りなかっただけなのかもしれないが、結局は悲劇を回避出来なかった。
でも、この世界は救える。その根拠は、クダイの存在が羽竜に似てるから。
偶然にこの世界に来たわけではない。見えない力によって導かれて来たのだ。
だから、黒仮面の言う通りにはならない。絶対に救える。
その絶対な自信の前には、人の見る幻想も霞んで見える。
天秤に終末と幻想が乗った。それよりも重い意志と祈りがなければ、クダイ達は負ける。
祈りが幻想を超える時、人は未来をその手に掴めるだろう。