第七十三章 黄金の正義
オルマの視界の先は、魔族の群れ。それを見て、手綱を強く握る。姿勢を低く、小細工無しの強攻突破に出る。
「止まらないでよ………仲間の命が懸かってるんだ。一秒も無駄にしたくないの」
白馬はそれに応えるように、力強く加速する。
シトリーを救う為。オルマは自分の命を運命に捧げた。
「不死鳥は黒仮面が相手をしているようですが、ジャスティスソードの少年は見つかりません」
アスペルギルスはバチルスにありのままを報告した。
「たわけがっ!城に侵入を許しておきながら、その行方がわからんだと?全く持って話にならん!エンテロ!セルビシエ!まさか貴様らまで同じ報告ではなかろうな?」
そう言われると、二人とも黙り込む。
「そうか。同じか。……………セルビシエ、貴様はあの黒仮面とかいう輩と不埒な関係だそうだな?」
動揺が走ると同時に、セルビシエはエンテロを睨んだ。
どうせ告げ口をしたのはエンテロしかいないだろう。
「お、お言葉ではございますが、わたくし“達”は決して不埒な関係には………」
「愚か者め。隠しても無駄だ」
「……………。」
「まあよい。ここで貴様を責めても始まらん。どうせ行き先はサン・ジェルマンのところだろう」
バチルスは何かを考えるようなそぶりをして、
「セルビシエ」
「はい」
「ジャスティスソードの少年がここに来た理由はなんだ?知っているのだろう?」
「それは………」
言わなければ殺される。さりげなく聞いてはいるが、試されている。
「…………答えぬか。まあよい。アスペルギルス、エンテロ、貴様らは黒仮面を倒して来い」
「黒仮面を……ですか?」
エンテロはアスペルギルスの顔を見て、バチルスの真意を読もうとする。
「奴らは招かざる客だ。サン・ジェルマンに限っては利用価値はある。だが、黒仮面は悪影響しか及ぼさないようだ」
バチルスに横目で見られ、セルビシエは釘を刺される。
反抗するようなら、やはり殺されてしまうだろう。
いずれにせよ、黒仮面への接触を禁じられてしまった。
「御意。黒仮面を倒して参りましょう」
アスペルギルスは一礼したが、
「でも、あのクダイって野郎は………?」
「様子を見るということだろう。サン・ジェルマンがクダイに倒されるも良し。クダイがサン・ジェルマンに倒されれば、それはそれで好都合。そういうことですな?バチルス将軍」
疑問を残したエンテロに、バチルスの真意を告げる。
「そういうことだ。わかったなら行け。黒仮面を始末して来るのだ」
「「はっ」」
アスペルギルスとエンテロはその場から消えた。
「セルビシエ、貴様はしばらく謹慎だ。別命あるまで部屋から出ることは許さん。見張りもつけておく。いいな?」
「…………わかりました」
黒仮面がアスペルギルスとエンテロにやられるとは思わないが、もはやバチルスに殉ずる必要はなくなった。
仕えるべき主は黒仮面ただ一人と決めている。
不可侵の領域にある淡い恋心は、彼女にも決意と覚悟を与えていた。
黒仮面に言われるがままに、魔法陣で転移した場所は、複雑なレリーフが施された青銅色の扉の前だ。
(シトリー…………)
ジャスティスソードをいつでも振るえるよう右手に握ったまま、左手で扉に触れる。
波紋が立ち、微かに電流のような感覚がクダイにあった。
それが結界であることは、なんとなくわかった。でも、それ以上の“何か”はなく、音も立てずに扉は開く。
「うわっ………」
むんっと重さのある熱気が出迎えてくれた。
掻き分けるように中へ入ると、
「シトリー!!」
正面に意識を失っているシトリーがいた。
床から一メートルくらいのところを、両手を開いて浮遊“させられ”ている。
更にシトリーの頭上には、
「ヨ………ヨウヘイ……!」
ガラスのような球体の中にヨウヘイがいた。
熱気は、その球体が発しているもので、まるでクダイが近づくのを拒んでいるようだった。
「結界が効果を発揮しなかったということは、いよいよ本性を表したようだな………黒仮面は」
「サン・ジェルマン!!」
「ようこそ。ジャスティスソードの使い手、クダイよ」
老紳士はそこにいた。
黒仮面の裏切りを怒るわけでもなく、それすら予測していたような口調を見せた。
「貴様ッ!シトリーとヨウヘイに何をした?!」
「くくく…。しかるべき役割を果たしてもらってるだけにすぎんよ」
「今すぐ二人を解放しろ!じゃないと……!」
ジャスティスソードの切っ先を向ける。
勝ち負けのことなど頭にない。すぐにでも叩き斬ってやりたいところだ。
「それは無理な話だな。見よ、ヨウヘイは屍人を集める“器”として大成した。エルフの少女も、ヨウヘイに力を貸して屍人の収集を加速させている。若いのによく働いてくれる」
かつて、サン・ジェルマンに出会った時は、品のいい初老の男だと思えた。
だが、今目の前にいるサン・ジェルマンは別人だ。
品位の欠片もない。
「誰もお前の為に働こうなんて思ってない!自分勝手な理屈だけで上手く事が進むなんて思うなよ!」
「………やってみるか?その伝説の剣、ジャスティスソードで」
サン・ジェルマンは右手に剣を具現する。
「老いたとは言え、かつてはその名を轟かせた騎士。来い。クダイ。お前に剣の扱い方を教えてやる」
「お前に教わることなんて何もないっ!」
クダイがジャスティスソードを構えると、
−キィィィィィン−
この前よりも、更に大きな音が鳴った。
(シトリー、待っててくれよ。絶対、助けてやるからな!)
実力なんて関係ない。
ただ、ジャスティスソードを振るうのみ。
自分の信じる黄金の正義の為に。