第七十二章 終末への時間制限解除(タイムリミット)
城内は虫の息一つしないほど静まり返っていた。聞こえるのはクダイと羽竜の足音だけ。
だが、それはある結論でもある。
ザコの出迎えがないということは、出て来る敵は決まっているということ。
それは的中する。
「たった二人で来るとは、思い切った行動に踏み切ったな」
黒光りする漆黒の鎧。黒い仮面。
「ヴァルゼ・アーク!」
「自信に満ちるのは逞しいことだが、少々過剰になってるんじゃないか……羽竜」
「ケッ。テメーに言われたくねー。なんでもかんでも知ってるようなことばっか言う奴によ」
「フフ。まあ、そのくらいの方がお前らしい。自信の無いお前と遊んでも面白くないからな」
「ホンっっトにムカつく野郎だぜ」
黒仮面は、羽竜からクダイに視線を移す。
仮面の奥の瞳がギラリと鋭く光ったような気がして、一瞬ドキッとする。
「クダイ」
「は、はい」
名を呼ばれ、素直に反応してしまう。
「ここを真っ直ぐ進んだところに、位相転移の魔法陣を用意しておいた」
「い、位相………転移?」
「シトリーのいる部屋の前まで連れて行ってくれるだろう」
「………なんで……なんであんたがそんなこと……?」
「惚れた女の為に、命を省みずにここまで来た褒美だ。どうせ焚き付けたのは羽竜だろうが」
「ほれ……僕がシトリーに惚れてるって、ななななんでわかるんだ?!」
「なんでと言われてもな………この世界に来たばかりの羽竜が、女を口説き落としたとは考え難い。とすれば、お前しかいないだろう」
「うぐっ」
軽く言い退けられ、言葉をつぐむ。
「さあ、行け。手遅れになる前に」
輪廻の塔でも道を開けてくれた。その時は思惑があったのだろうと思った。
でも今は、手を貸してくれてるかのような言い方。シトリーをさらっておきながら、シトリーを救う手助けを用意している。
罠だったら………?
信用していいものか迷っていると、
「コイツは小細工はしない。信用しても大丈夫だ」
羽竜がそう言った。
「もちろん、俺がしてやるのはそれだけだ。後はお前の手で救うんだ」
黒仮面の言葉に大きく頷く。
「クダイ、死ぬなよ」
「うん。羽竜もね」
足早に奥へ進むクダイの背中を、羽竜と黒仮面はしばし見ていた。
「相変わらず意味のわかんねーことやる奴だぜ。セルビシエって女、お前の手下だろ。さらわせておいて、今度は助け出す手助けかよ」
「………俺は義理と義務を使い分ける。あの少女をさらったのは、サン・ジェルマンへの義理だ。クダイの手助けをしたのは、本分じゃなかった義理に対する贖罪にすぎん」
「それがわかんねーって言ってんだよ。だったら最初からやらなきゃいいじゃねーか」
「………フッ。ま、大人には大人の事情があるのさ。そのうちわかるようになる。お前にもな」
ふぅっ、と息を吐く。黒仮面は剣の柄を握り、羽竜を見て微笑む。
「何笑ってんだ?気持ちわりーな」
「羽竜、どこまで行けば俺達は満たされると思う?」
「あん?」
「後戻りの出来ない戦いに、誰もが翻弄されて行く。この世界の住人も同じだろう。満たされることなく果てるしかない」
「………何を言ってんだ?」
「この戦いの最後には、きっと何も残らんだろう」
まるで先を知ってる言い方。例え神であろうと、未来を知る術は無いはずだ。
かつて、ヴァルゼ・アークと戦った宇宙の心という場所。そこにはこれから起こるだろう未来があった。
でもそれは、変え得る未来だった。今でも羽竜は信じていない。未来が決まっているなどと。
「そうやってなんでも見透かすのは、あんたの悪い癖だぜ。もし、あんたの言う通りこの戦いの結末に何も残らないってなら、どうしてクダイの手助けしたんだよ。ほっときゃいいじゃねーか。結局、あんた自身が未だに迷ってるんだ。………帰ってやれよ。新井達のところに。幸せに暮らせるはずだろ」
「わかってないようだから教えてやる。物語というのは、付与する側の一方通行だ。しかし、物語を質を作るのは読み手なんだよ。言動の強弱、描写されない裏の話。全て読み手の想像と解釈があって成り立つ。俺とお前はどこに行こうと読み手にしかなれない。だがな、俺達の取る行動が、その物語の住人にとって奇跡にもなれば、仇にもなる。よかれと思ってしたことが、思いもしない結果を連れて来ることもあるんだ」
黒仮面は剣を抜いた。
「今日の勉強はこれまでだ。約束通り遊んでやる。遊びとは言っても、お前にとって遊びになるとは限らんぞ?」
「あんたの言うことは、いつも遠回りでわかんねーよ。だけどな………」
羽竜はトランスミグレーションを一振りして構える。
「あんたが弱虫だってことはよくわかる!」
「クク………幾度も瞳に刻んで来た終末幻想。そこに未来など無いことを、お前も知ってるはずだ。それでも光を求めるのなら………力で説得することだ!」
たまに………思うことがある。
最初はただ倒す為の敵だった。
何度も剣を交え、何度も互いに思想を語り合った。
いつしか、ヴァルゼ・アークという男に惹かれ、それを超えてみたいと思う強い願い。
男として、戦士として、そう願うことは当たり前なのかもしれない。
けれど、そう願った世界で、終末が回避されたことは一度もない。
その願いがこの世界で疼いている。眠ってればいいものを。
この世界に終末が訪れる。すぐに………。