第七十章 命を賭ける
不思議な現象が起きた。
羽竜に連れられ来た魔族の住まう国。通称、魔界。
そこへ来て、輪廻の塔にいたほどの数の魔族に出迎えられた。
羽竜は、自身がオーラと呼ぶ気配を立ち上らせて、左利きなのか剣を抜く。
それに習うかのように、クダイもジャスティスソードを抜くと、自身の身体から金色のオーラが立ち上った。
「こんなの初めてだ………」
「お前の力が解放されてるんだ。クダイ」
「僕の力………」
ジャスティスソードをぐっと強く握ると、
−キィィィィィン−
鳴った。聴覚が捉えるような音ではなく、脳に直接伝わるような音。以前より少し大きく。
「いい剣だな。ジャスティスソードって」
羽竜はジャスティスソードの輝きに、とてつもないポテンシャルの片鱗を見る。
「羽竜だって。赤い刃なんて綺麗じゃないか」
「………こいつはトランスミグレーションって名前だ」
「輪廻転生………だよね?」
「不死鳥って呼ばれるようになったのとは、まるで関係無い時期に手に入れたんだ。でも、今思えば必然だったのかもって思う時がある」
しかし、それを認めればヴァルゼ・アークの言う、「運命は既に決まっている」という概念を認めたことになる。
だから時に屈服しかける。
「必然だったとしても、サン・ジェルマンや黒仮面が言う、未来が既に決まっているってのとは違う気がする」
羽竜の心を読んだかのようにクダイは言った。
「………ああ。そうだよな。運命だとか未来だとか、そんなのは俺達が築いて行くもんだ。だから………」
赤い刃の剣………トランスミグレーションがジャスティスソードに共鳴する。
羽竜とクダイは顔を見合わせ、
「「負けるわけにはいかないっ!!!」」
同時に叫び駆け出す。
「お姫様助けるまでへばるなよっ!クダイ!」」
「僕のことは大丈夫!これがあるから!」
そう言うと、クダイは目を閉じた。
敵は目の前に迫っている。羽竜は横目でクダイを見た。
「僕は目を閉じると、敵の動きや自分が動くべき軌道が見えるんだ!」
羽竜より先を行く。自分の能力を理解してもらう為に。
目を閉じているクダイは、視界が無いとは思えぬ機敏な動作で敵の中を突き抜けて行く。
「………へぇ、いい能力持ってんじゃんか」
やる気をそそられ、口角を上げる。
そして、
「なら俺のも見せてやる!」
トランスミグレーションの刃を地面にこすりつけ、一気に振り上げる。
「ディープ・エンド・エクスプロージョン!!」
火柱が地面を裂きながら、前方に向かって突き抜けた。
「やるじゃん!羽竜!」
また目を閉じて、無眼の構えに着く。
羽竜がいると、なんでも出来そうな気分になるから不思議だ。
クダイは、いつになくジャスティスソードから力を感じる。
手の平の毛細血管が、ジャスティスソードの熱で膨脹するよう。
シトリーへの恋心が、より高い次元への戦士へと成長させる。
(シトリー………待ってて!今行くからね!)
恐いものなど、何も無かった。
その頃ザンボル国では、クダイと羽竜がいなくなったことで大騒ぎになっていた。
「たった二人で行ったって言うのか?」
カイムは特定せず、その場の全員……オルマを除いたいつものメンバーに言った。
「だろうな。夜遊びをする心境でもないだろうし」
シャクスは、エルガム国王から再度受け取った、一度は売った聖騎士の鎧を纏いながら答えた。
「俺が連れ戻す」
最後にスカイカリバーを腰に携えて、シャクスはカイムを見た。
「連れ戻すって………なら俺も行く」
「いや。カイム、お前はここで戦いの準備を手伝ってくれ」
「シャクス、まさか一人で行く気じゃ………」
「魔界まで馬に乗ればたいした距離じゃない。あの羽竜って奴は、強いだろうから問題はないが、クダイはそうはいかない。せめてクダイだけでも連れ戻す」
聞き分けなければ力ずくで。クダイ相手なら苦労はしない。
「困りましたねぇ。戦いはすぐに始まるというのに」
気持ちはわかるが、クダイ達の勝手な行動は士気に関わる。
ダンタリオンの表情も、曇るしかなかった。
「だ、だども、クダイさの気持ちはわかってやってけろ!シトリーさが心配で、居ても立ってもいられねかったにちげねべ!」
「そうだよ!クダイのこと悪く言う前に、早く連れ戻して来て!」
カカベルとシメリーは、クダイと歳が近いせいか、どうしても感情移入させてしまう。
「余も行こう」
ケファノスがシャクスに言うと、
「ダメだ。お前が行けば面倒なことに成り兼ねない。悪いがここで待っていてくれ」
突っぱねられた。
そしてシャクスは、
「すぐ戻る」
みんなに言い、発とうと馬に乗ろうとした時だった。
「た、大変でございます!」
ケファノス達の世話係を仰せ付けられている、ザンボルの衛兵が大声を上げて来た。
「どうしましたか?」
ハァ、ハァと息を切らす衛兵に、ダンタリオンは落ち着き払い言った。
「オ、オルマ様が……」
口走った瞬間、
「オルマがどうかしたのか?!」
シャクスが顔色を変えた。
言い方からしていい話でないことは確かだ。
「はい。オルマ様が、へ、部屋にいないのでございます!」
「な……んだと………」
まさかとは思うが、シャクスは衛兵の胸倉を乱暴に掴み上げる。
「ちゃんと城の中を探したのか?!」
聞かずともわかっている。城中を探してもいなかったから慌てているのだ。それだけではなく、不安を的中させる事実もあるからだろう。
「大勢で探してはいますが、馬が一頭いなくなっているようで………」
シャクスの剣幕に尻込みしながら、とどめを刺す。
「シャクス!」
ダンタリオンの中では確信に変わった。
オルマは、シトリーを救いに魔界へ行ったのだ。
きっと、ダイと羽竜のことは知らないだろう。
「さっきまで寝てたのに………バカが!」
重い鎧をものともせず、シャクスは馬に跨がる。
そして何も言わずに馬を走らせ行ってしまった。
「頼みましたよ。シャクス」
今はシャクスに任せるしかない。
ダンタリオンは祈った。どうか、シトリーもクダイも、羽竜もオルマも無事でいてくれと。
サン・ジェルマンとの戦いが、命を賭けであることは誰もが認識している。
なのに………違うのだ。
命を賭ける方向が修正されない。
そう、輪廻の塔から帰ってから少しずつ、それでも目に見えるくらいわかりやすく、未来と言おうか………進む方向がズレている。
行こうとしている未来へは行けないのではないか?
ダンタリオンはクダイ達の無事を祈る傍らで、自分に芽生えた不安と不信が気まぐれであればいいと願っていた。