第六十九章 TO CRY & MAX
「お前も好きだな。またあの男のところに行ってたのかよ。随分ご修身なことで」
「エンテロ………」
魔王城の長い渡り廊下。セルビシエが一人歩いていると声をかけられた。
今となっては、アスペルギルスにもエンテロにも会いたくない。どうせあれこれ嫌味を言われるだけだろうし。
ましてや、バチルスが復活した以上、気ままというわけにはいかなくなっている。
いっそのこと、四天王の肩書など捨ててもいいのだ。
黒仮面が今しばらく二重スパイを演じろと言うのだから、それも叶わない。
「どうせ奴ら、将軍の言ったことなんて無視してるんだろ?」
「さあ?どうでございましょう?」
「とぼけるのか?」
「わかってて聞いているのでしょう?でしたら敢えてわたくしが申し上げることはありません」
「……わかんねーな。あの男に惚れたというのはまだ納得する。だからと言って、それだけの理由で魔族を裏切るのか?」
「それはお互い様ではなくて?」
「何?」
「貴方も、アスペルギルスも、シュードモナスも、そしてバチルス将軍も。みんなケファノス様を裏切ったではありませんか。わたくしだけが責められるのは心外でなりませんよ?」
演じろと言われたはずが、つい本音を剥き出す。
「将軍はまだ気付いていない。今ならまだ………」
「四天王としての責任は果たします。人間とエルフに引導を渡す役目を」
「だが、そううまくは行かない。そう思ってんだろ」
「魔族は地上を。サン・ジェルマンは時間軸の融合。人間とエルフはそれらを阻止する為。三者三様の夢物語を実現しようとしてるのです。歯車一つ、小石が挟まり噛み違えでもすれば、何が起きるかわからない。それだけは誰にもわかり得ないこと」
「………なるほどな。黒仮面はサン・ジェルマンの客人だなんて言ってたが、奴は奴の目的があるんだな?」
「言ったでしょう?歯車一つ………そこに小石が挟まることもあると」
「後悔するぞ」
「貴方にとっての後悔が、わたくしの後悔になるとは限りませんわ」
凜とした瞳は、それ以上の言葉をエンテロから奪った。
「エンテロ、貴方も少し考えなさいな。自分自身というものを」
捨て台詞を吐いて去ろうとした時、二人の前に瞬間的にアスペルギルスが現れる。
「二人揃ってたか」
「どうした?」
「客だ」
「客?」
「ああ。不死鳥とジャスティスソードの少年だ」
アスペルギルスが言うと、それまで不機嫌だったエンテロがしたり顔で食いついた
「へぇ。二人でかよ?」
「うむ。近くに仲間がいる気配はない」
たった二人の少年が来た理由などアスペルギルスが知るわけもないのだが、エンテロはセルビシエを睨み、
「何かしやがったな?」
「エルフの王女様をさらって来ただけよ」
隠しても無駄だと悟り、あっさりと白状する。
「セルビシエ………」
アスペルギルスが何か言おうとしたが、何を言おうとしてるかもセルビシエにはわかっている。
どうせエンテロと同じことを言うに決まっているのだ。わざわざ復唱させるまでもなく、
「文句は言わせませんことよ。わたくしにはわたくしの道があります。貴方達にも、バチルス将軍にも従うつもりはありません」
決意表明は、エンテロにそうしたように、アスペルギルスからも言葉を奪う。
「何を言っても無駄だぜ。こいつはもう四天王でも魔族でもない。ただの女だ」
エンテロにそう言われると、セルビシエは微笑し、
「光栄ですわ」
言った。
「………セルビシエ、そこまで決意が堅いのなら我々が言うことは何もない。だが、きっぱり宣言するまでは………わかってるな?」
仕事はしてもらう。セルビシエもその気持ちに変わりはない。
“まだ”魔族の一員なのだから。
「果たして、不死鳥とジャスティスソードの少年は、ここまで辿り着けるでしょうか?」
自分が動く最低条件を提示した。
それは黒仮面の命にしか従いたくないセルビシエには、取って置きの実にうまい条件だった。
「ここまで辿り着けないなら、それに越したことはない。だが………」
アスペルギルスが見た窓の外には、赤く燃え上がる炎と金色のオーロラのように緩やかな光。
投じられようとしている小石は運命か奇跡か。
ジャスティスソードに関わった者達が不自然に呑み込まれ始めた。
それはまるで、終末に見る幻想。