第六十八章 リスキー
仮眠を取れ?ふざけるな!
クダイは心の中で叫んでいた。
シトリーとオルマがお茶会をしていた東屋。そわそわする気持ちは、僅かに残るシトリーの気配を探して徨っている。
「仲間を恨むなよ」
話し掛けて来たのは羽竜だった。
「なんで………僕がみんなを恨むんだよ」
「そういう顔してたから言っただけだ」
すごすごとやって来ると、東屋に昇る階段に腰を下ろした。
「この世界にはこの世界のルール………常識がある。お前の仲間は地位の高い奴らばっかだろ?効率的に物事を考えるのは仕方ないさ」
魔王、賢者、聖騎士、王女。ケファノス達の身分は誰が見ても高い。クダイの抱える不満を羽竜はわかっていた。
「君に何がわかるんだよ。シトリーは僕にとって大事な人だ。……………初恋なんだ」
クダイも羽竜の横に腰を下ろす。
「眠れるわけないじゃないか」
膝に顔を埋める。
「そんなに好きなのか?」
「………好きだよ。シトリーが笑う度、僕の胸が熱くなるんだ。シトリーがはしゃいでると、僕も楽しくなる」
「………そうか。悪かったな」
「羽竜が謝ることじゃないよ」
でも、羽竜は申し訳ない気持ちになる。
ヴァルゼ・アークの影がちらつくと、知らず知らず浮足立つ。倒すべき相手だと頭ではわかっているのに、何かを期待している自分がいる。
セルビシエからシトリーを救おうと思えば、それは可能だったはずなのだ。
「ねぇ、羽竜」
「あん?」
「食事の時さ、いろんな世界のこと話してたけど、僕みたいに他の世界から来た奴とかいた?」
「………いや。いなかったな。俺が知る限りはな」
「そっか………」
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「僕、この世界に来て、いつの間にか帰りたくないって思ってる。でも、半分は帰るべきなんだろうっても思うんだ。もし帰ってしまったら、二度とみんなには会えない。ディメンジョンバルブは故意に作れるものじゃないみたいだし。そう考えると、自分がどうすればいいのかわからない。羽竜みたいに自由に世界を行き来出来るわけじゃないから」
「世界ってのは大きな時間の中に点在してるんだ。一度行ったことがあっても、また行くことが出来る可能性はほとんどゼロだよ。上手く説明出来ないけど、ヴァルゼ・アークがそんなこと言ってた。俺がアイツを追って出会える可能性だって低いんだ。もっとも、アイツは神様だからな、俺よりは確かな確率で好きな世界に行けるみたいだけど」
「………黒仮面………ヴァルゼ・アークが言った通り、運命が決まっているなら、これも運命なのかな……?」
「ケッ。んなこと信じてどーすんだよ。そりゃあ、受け入れ難い現実だってあるだろうけど、それとこれとは別だ。じゃなきゃ生きる意味なんて無くなっちまう」
意外なところに味方がいてくれた。それがクダイにはありがたかった。
「………僕はいつも何も出来ない。戦いになっても誰かに助けられ、好きな女の子さえ救いに行けない。ジャスティスソードなんて大層な剣を持ってるのに、何一つ満足なこと出来ないなんて………」
この世界では、何かを成そうと決意すると、必ず邪魔をされる。それが必然にしろ偶然にしろ、クダイには耐えられなかった。
だから、シトリーだけは早く助けてやりたい。それだけは人の助けがあってもいい。
なのに今回に限って“誰も”そうしないことに腹が立つ。
「シトリーに何かあったら………僕は………」
考えたくもない。何もないと信じていたい。
「………覚悟はあるか?」
すると、そんなクダイを見て不意に羽竜が言った。
「羽竜?」
「行くんだろ?お姫様を助けに」
羽竜は立ち上がり二、三歩前に出る。
「好きな女がピンチなんだ。じっとなんてしてられないよな」
フッ。と笑った。
暗い顔をしていたクダイだが、羽竜の微笑みにつられたように立ち上がる。
「あったり前だ!じっとしてられるわけないだろ」
「なら決まりだ」
羽竜は六枚の炎翼を広げ、クダイの手を取った。
「場所、わかるの?」
クダイが聞くと、
「人間とは違う気配だ。そこに向かって飛べばいい」
ふわっと浮き、
「飛ばすぜ!」
「オッケー!」
夜の明けない空へ飛び立った。
「ご苦労だった」
黒仮面がそう言うと、セルビシエは思わず微笑んだ。
どんな些細な言葉でも、彼女にとっては大切な褒美なのだ。
「ヴァルゼ・アーク様、バランスブレーカーはいかが致しましょう?ご命令下されば、すぐにでも奪って参りますが?」
もっと手柄を上げたい。もっと信頼を得たい。
「焦燥だ。そこまでは俺達の仕事じゃない」
「し、しかし……!」
「俺“達”は傍観者だ。この戦いの行く末を、ただ見守るだけでいい」
「それではわたくしは満足致しません!もっと働きたいのです!」
そうしてないと不安になるのだ。
そんな想いを黒仮面は理解している。
「お前にはこれからいくらでも働いてもらうさ。いい子だから言うことを聞いてくれ」
いい子だから………子供扱いされることにさえ心地良さを覚える。
「………承知しました」
今この至福が、これからも続いてほしい。
こことは違う別の世界で、自分だけはいつまでも黒仮面と一緒にいようと誓う。
「セルビシエ」
「はい」
「戦いは佳境を迎えた。サン・ジェルマンの目的もバランスブレーカーを手に入れることで完遂される。だが、俺の目的は無限さえ操る力を手にすること。時間がどうなろうと知ったことではない。終わらせるのなら、俺がなにもかも終わらせる」
「恐れながら、その時期は明確に?」
「ヨウヘイは今、四つの時間構築魔法具によって一つの道具となっている。奴の役割は、時間の断片たる屍人をダークエネルギーに変えること。つまりフィルタリングだ。お前が連れて来たエルフの王女、彼女には更に多くの屍人を集める為の集束機器になってもらう。最終的には有り余るダークエネルギーを時間構築魔法具に与え、正の力を失くした負の時間を作り、一気にバランスブレーカーで破壊する。そのバランスブレーカーを使用する瞬間。それが“時期”だ」
ここまで説明するのだから、そう遠くないうちにそれは実行される。
「それを実行することによって、サン・ジェルマンの言う時間の終着が起きるのですか?」
「奴の理論が正しければの話だ」
黒仮面はセルビシエに近付いて、彼女の髪を指先で遊ぶ。
「まあ黙って見てようじゃないか。どっちに転んでも、全ては俺の手の中だ」
その充ちる自信に、セルビシエは更に心を奪われてゆくのであった。