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第六十五章 ブラインドダークネス

「あははは。そりゃアンタ、それはケファノスなりの優しさだよ」


カカベルとケファノスのやり取りを聞いたオルマは、イマイチよくわかってなかったシトリーにそう教えた。

各国の代表達を交えた豪華な夕食会も済み、二人は中庭にある東屋で夜のお茶会を開いていた。


「あれのどこが優しいの?」


カカベルをからかうような発言をしていたケファノスの気持ちなど、シトリーにはどうしても理解出来ない。

それを優しさだと言えるオルマは大人の女ということなのか。それさえも知恵熱を出さなければ飲み込めない。


「まあ………何て言うかさあ、仇だと思っていた相手が、生きる希望を与えてくれた人物が同じ人物だって知って、シスターはすごく苦しんでたんだと思うんだ。だからわざと憎まれ口を叩いたのさ」


「だからそれのどこが優しいの?」


早口で言われても他に説明のしようがない。


「あたしには上手く説明出来ないかもね〜」


「なんで?」


「……………。」


長年、恋をしてないオルマとて、男のなんたるかは知らないのだ。

ただ飽くなき“大人”としてのコモンセンスだから理解出来たのだ。

単純に優しさ以外の何者でも無い。


「素直にシスターに謝ればいいのに………わかんないなぁ」


「謝ったらシスターはもっと苦しんだと思うよ」


謝られても村が元通りになるわけでもない。少なくとも、カカベルが生きて来た糧の一つは、ケファノスへの怒り。それを無くしてしまうわけにはいかなかった。

カカベルの抱く怒りは、仲間達の愛情によっていつか形を変える。そう信じているからこそなのだろう。

説明しろと言われてもしようがない。


「アンタも大人になったらわかるよ」


「あ〜!そうやって子供扱いするぅ!オルマよりは若いけど、一応三十年は生きてるんだから!」


頬が引き攣った。オルマは二十七歳。若い部類には入るが、やはり大人は大人。そのオルマと変わらない………むしろ三年も多く生きてるシトリーは、クダイよりも年下に見える。人間なら十四、五歳と言ったところだろう。

なんだか悔しい。


「アンタもダンタリオンと同じねぇ………」


「ダンタリオンと私のどこが同じだって言うの?!失礼しちゃう!」


「そうじゃなくて………」


嫌なことをサラッと言う辺り。ま、言ったところでまた噛み付かれるのがオチだ。

紅茶の液面に月が映り込む。

夕食会を終えた各国の王達は、明朝自国に帰り、来たるべきサン・ジェルマンとの戦いに備えることになっている。

その会食の席で、オルマ達は英雄だった。

ケファノスは、魔界の王として人間達から改めて認められ、サン・ジェルマンを倒した後、世界平和への協力を要請されるなど、互いに共存していく道に不可欠な人物にされていた。

ダンタリオンは汚名を返上、賢者としての職を取り戻し、また同様にシャクスも聖騎士の称号を取り戻した。

鎧を売った一件は、シャクスの心意気として評価されていたが、本人はひたすら苦笑いをしていた。

以上の三人は、世界的に地位のある者だ。加えてシトリーとシメリーも、エルフ国の王女に違いはなく、讃えられてもなんら不自然ではない。

そしてクダイは異世界から来た勇者として。オルマはその戦士としての実力を。

更に、ハーフエルフのカイムやカカベルも、勇者一行と讃えられ、照れ笑いをしていたのだ。

羽竜はと言うと、無愛想に振る舞っていたのだが、料理が並ぶと目の色が変わり、やたら饒舌に異世界での活躍を語っていた。

数々の羽竜の武勇伝。中でもオルマの印象に残ったのは、大陸の無い世界の話。

そこは一切が海に沈み、またその海は肺呼吸が可能な海であったという。

その世界で、ある青年が企てたことは、海の外に出て世界を再構築すること。至って希望あることだと思うのだが、その世界の人間にとって海の外は禁忌。語ることすら許されなかったという。

青年には悪意は無く、純粋なまでに希望を持っていた。しかし、人類全てが彼を殺したのだと言う。

羽竜の追っている黒仮面は、無知の満ちた世界に興味はないと、何も“せず”に次の世界へ旅立ったとか。

何年か振りの楽しい食事。すぐにまた始まる戦いを前に、不粋で汚したくはない。

せめて一夜。恋愛談議に華を咲かすのも悪くないだろう。

なんなら今夜限定で、かつての淡い恋心をゲストに招いてやろうか。きっと盛り上がるはずだ。


「何を笑ってるの?」


「え?あ、あぁ……ちょ、ちょっとね………」


シトリーは半笑いのオルマを不思議そうに見ていたが、それがなんであるかは、やはりわからず終いだった。


「ねぇ、オルマ」


「ん?どうしたんだい?急に暗い顔して」


「……………戦いが終わったら………」


シトリーは俯いて、一度言い留まろうとしたのだろうか、唇を軽く噛んでから、


「戦いが終わったら、クダイは自分の世界に帰っちゃうん………だよね」


「………まあ、ここはあいつの世界じゃないからね」


「嫌だなぁ………」


さりげなく言おうとしたらしいが、涙が先に落ちた。


「シトリー………」


「でも仕方ないよね。もしクダイがこの世界にいてくれても、人間とエルフじゃ寿命が違うし。クダイがおじいちゃんになっても、その頃私はまだ若い。今のオルマくらいだと思う。釣り合わないもん。無理な恋なんだよね」


オルマは迷った。確かに、クダイがこの世界に残ったとしても、エルフであるシトリーとの恋愛は厳しいだろう。諦めさせるのなら、シトリーが悩んでる今かもしれない。

しかし、そんな権利が自分にあるのだろうか?人間とエルフだって恋愛は成立するんじゃないだろうか?

事実、カイムは人間とエルフの間に生まれた子だ。

大人としての意見を述べるのは容易い。でも、それはきっと間違っている。

そうだ。今夜は恋愛談議に華を咲かすと決めたじゃないか。シトリーの恋の行く末はシトリーが決めればいい。どうせ批難する輩も出て来るだろうし、味方になってやらなきゃ“姉貴”とは言えない。


「シトリー、釣り合わないなんて言っちゃダメだよ」


「だって………」


「だってじゃない!」


ビクッとした。怒られたのかと思った。


「いいかい、シトリー?好きならその想いを貫かなきゃダメだ!例え誰が何て言おうと自分の気持ちを大切にしな!」


「う、うん」


「例え………クダイが帰ってしまうとしても、その日まで好きでいなきゃ、後で後悔するよ!」


自分もそうだったから。シトリーにはそうさせたくない。

オルマの剣幕に、いささか気圧されたシトリーだったが、真剣に答えてくれたことに嬉しかった。


「うん。そうだよね。クダイのこと好きな気持ちは、何があっても変わらないもん!ありがとう、オルマ」


なんだか、うじうじしてたことが馬鹿みたいだ。

たった二人のお茶会は、シトリーに自信と勇気を与えた。

終わる時のことなど、考える必要はない。未来なんて、一秒一秒の繋ぎ合わせでしかないのだから。

思い描く明日に行けるよう、今は強く生きたい。



「………フフフ。居ましたわ。エルフの少女」


東屋を見下ろすセルビシエ。彼女もまた思い描く明日の為に生きている。

 何かを掴むような仕草で両手を夜空に翳すと、辺りが凍り始める。


「全ては………ヴァルゼ・アーク様の為に」


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