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第六十四章 魔界将軍バチルス

魔王の玉座は長いこと不在だった。そこに座している者がいた。

人ではなく、もちろん魔族。雄々しいメタリックの入った茶色い鎧を纏い、頬杖をついて睨みを利かせている。その両脇にはアスペルギルスとエンテロがいて、少し距離を置くようにセルビシエが立っている。

睨みを利かせる相手はサン・ジェルマン伯爵と黒仮面。

魔王不在のこの魔界で、今までは同盟の名の下に二人の独壇場だった。だがそれも昨日まで。将軍と四天王から呼ばれるバチルスが復活した今日からは、魔界の支配者は彼なのだ。

サン・ジェルマンと黒仮面はあくまでも“客”。勝手な振る舞いは許されなくなる。

事情をアスペルギルスから聞いたバチルスは、二人に挨拶へ来いと命令したのだ。

サン・ジェルマンはともかく、神である黒仮面がそれに応じるかセルビシエは不安だったが、意外にもすんなり了承したのだった。


「時間軸の融合………か。面白いことを考える。だが、その計画は一旦待ってもらう」


有無を言わさずバチルスは言った。

要するに、自分介さない物事は全て許さないということだ。

アスペルギルス達魔族は、時間軸を融合させようなどとは考えていない。地上を支配下に置くのが目的だ。


「待てと言われましてもな………これは困りました。“準備”は着々と進んでおります。今更、中止は出来ませんぞ」


腰低くサン・ジェルマンは言った。

抵触せずに言ったのは、ここで魔族を敵にしても利益が無いからで、バチルスの威圧感に負けたわけではない。


「黙れサン・ジェルマン。人間風情がワシに意見など認めん」


自分の領域で好き勝手をされれば、誰だってこんな出方にはなるだろう。


「………では仕方ありませんな。一度中止致しましょう」


トップハットを被り直し、サン・ジェルマンは一礼してバチルスの前から去る。

黒仮面は特に発言するわけでもなく、踵を返したサン・ジェルマンの後に続いた。


「………フン。いけ好かなねぇ奴だ」


去って行った二人を、エンテロが毒吹く。

どちらかと言えば黒仮面に言ったものだろうが。


「おとなしく計画を中止するとは思えませんが。いかが致しましょう?」


アスペルギルスはバチルスに指示を仰ぐ。


「あの二人のことは逐一見張っておけ」


「御意」


バチルスとてサン・ジェルマンの言葉を鵜呑みになどしていない。

しかし、二人の存在感に、強引にすべきではないと直感が訴えかける。

黒仮面には尚更に危険を感じた。


「それと、サン・ジェルマンが持っている時間構築魔法具ツール。奴から奪え」


バチルスが言うと、火のアスペルギルス、土のエンテロ、水のセルビシエは一礼をして応えた。


「バチルス将軍」


「なんだエンテロ。申してみよ」


「はっ。ケファノス様はどうされます?不死鳥によって肉体を取り戻していますが」


「放っておけ。いずれ向こうから来るだろう。それまで敢えて構う必要はない」


「はっ」


そうは言ったが、バチルスの心中はケファノスへの復讐心でたぎっていた。

だからこそ、冷静に事を進めたい。どちらを向いても敵ばかり。足元を留守にするわけにはいかないのだ。


「ワシを殺さなかったこと、必ずや後悔させてやる」


魔王の玉座は、ケファノスを倒してバチルスのものになる。










「ヨウヘイのこと、突っ込まれなくて助かったな」


バチルスとの面会などたいした労力にはならなかったらしく、黒仮面は戻るなり酒を杯に注いだ。


「所詮は器の小さな男よ。奴が眠りについていたのは、謀叛を起こしケファノスにやられたのだとの噂もある」


「自分のことしか頭にないってことか」


「だから私らのような者を恐がる。得体の知れない力を持つ者を」


バチルスを気にもかけてないのはサン・ジェルマンも同じだった。

黒仮面に渡された酒の注がれた杯に口をつけ、ふうっと息をつく。


「で、計画は中止するのか?おそらく監視されるぞ」


「都合が悪くなれば魔界ここを出ればいい」


時間構築魔法具ツールは既に四つ手元に有る。最後の一つ、バランスブレーカーをクダイ達から奪えば全ての時間構築魔法具ツールが手に入り、時間軸融合が行えるのだ。


「念の為だ、この部屋に結界を張った。ここを出入り出来るのは俺とお前、それとセルビシエだけだ」


「随分の気に入ってるようだな。だが彼女は魔族だ。警戒した方がいい」


サン・ジェルマンはこの大事な時期だからこそ、不確定因子をしょい込みたくない。


「セルビシエは信頼出来る。魔族の情報も仕入れてくれるし、何かと働いてくれるんだ」


「二重スパイとも考えられる」


「クックッ。老いると用心深くなるようだな」


「若さ故の過ちをよく知っておるからな」


セルビシエの言動や行動を見れば、彼女が黒仮面に特別な気持ちを寄せているのはわかる。多分、それは信用に値する愛であるだろう。

サン・ジェルマンが気にするのは、そのセルビシエの気持ちをアスペルギルス達も知っているだろうということ。セルビシエが無意識のうちに利用されているとも考えられる。

一番厄介なパターンなのだ。

敵を欺くにはまず味方から。今のセルビシエはアスペルギルス達にとって仲間ではなくなっている可能性もある。

仕掛けた爆弾が、思わぬ場所で爆発することだって無いとは言えないのだ。


「聞き捨てなりませんわね、サン・ジェルマン」


噂をすればなんとやら。サン・ジェルマンを睨み付けながらセルビシエがやって来た。


「これはこれは。とんだ話を聞かれてしまいましたな」


悪びれもなく言って酒を喉に流す。


「わたくしが仕えるのはヴァルゼ・アーク様ただお一人。バチルス将軍が復活したとは言え、その気持ちに変わりはない。まして、お前なんかに言われる覚えもない」


本気で愛してるからこそ、黒仮面への愛を否定されるような言葉に我慢がならない。


「止せ、セルビシエ。サン・ジェルマンも悪気があって言ったわけではない」


「…………はい」


黒仮面に言われたセルビシエは、純情を覗かせるように素直になる。


「サン・ジェルマン。お前が時間軸融合を完成させる為に、セルビシエも一役買ってるんだ。あまり無下にはしないでくれ」


「うむ。少々口が過ぎたな」


黒仮面は大切な協力者。機嫌を損なうわけにもいかない。


「一応、わたくしが監視役を買って出ましたが、将軍はともかくアスペルギルスとエンテロは信用してないかと」


「つまり、どこかにまだ監視役がいるってことだな?」


「申し訳ありません。迂闊にもあの二人に、ヴァルゼ・アーク様への想いを口にしてしまいました」


「アスペルギルスとエンテロ程度なら、その気になればいつでも倒せる。好きにさせておけ」


黒仮面の言葉に安心した。そう言ってもらえるだけでもありがたい。


「では、わたくしは予てからの任務を」


黒仮面の表情が少し曇った。仮面を着けているのだから、眉の動き一つ計れないのだが、なんとなくそう思った。

見えもしないはずの表情を読み取れたことに至福を覚え、セルビシエは快楽にも似たような気持ちになる。


「嫌な任務をさせるが、許してほしい」


どこが嫌なものか。頼りにされたいのだ。


「甘美な一時を楽しんでいて下さい。エルフの少女、必ず連れて参りましょう」


サン・ジェルマンの計画などどうでもいい。全ては黒仮面の為。この世界を捨て、黒仮面に着いて行く。

もうじきそれが叶うのだ。

そう思い見上げた先には、魔法の球体に包まれ、意識の無いヨウヘイがいた。


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