第六十二章 精神の行方
自分の世界を旅立ってどのくらいの年月が流れただろう?
十年とは言わないが、それなりに……そう、それなり時間は経った。
それでもまだ旅立った時の十七歳のまま。ヴァルゼ・アークいわく、時間を旅する者は老いが遅くなるという。
羽竜は、今だ決着のつかないヴァルゼ・アーク……この世界では黒仮面と名乗っているあの男のことを考えていた。
いつも先に行くヴァルゼ・アーク。追って必ず同じ世界に辿り着くとは限らない。それだけに、この世界で会えたことには深い想いがある。
「ここにいたんだね」
城壁の上から景色を眺める羽竜を見つけた。
「クダイ………」
「捜したんだ」
「俺になんか用か?」
自分のことで色々話し合われているのを知っている。不死鳥だと。
羽竜本人は不死鳥だとかなんだとか気にはなっていないのだが、ケファノスの肉体が戻ったのは紛れも無く羽竜のおかげ。
感謝されるのはいいが、あれこれ聞かれるのは面倒臭い。
上手く説明する自信が無いのだ。
「用っていうか………みんなが色々話聞きたいって」
毎度このパターンだ。珍しいのはわかるが、特に話すことなんて無い。
「話って言われてもな……」
乗り気じゃない羽竜はまた遠くを眺めた。
「黒仮面ってどんな奴なの?」
空気を読む気もなく、クダイは興味津々に聞いた。
「ああ……ヴァルゼ・アークか。見たまんまの奴だよ。特別キザってわけじゃないけど、女心を掴むのが上手いんだ。それと、思想ってのか?自分の世界観を大事にする奴だよ」
「ふぅん。なんだか褒めてるみたいだね」
「そ、そんなわけねーだろ!俺はあいつを倒す為にここにいるんだからな!けなしこそすれ、褒めるわけねーよ!」
でもクダイには何となくわかった。自分も黒仮面と話し、あの謎めいた雰囲気に惹かれそうになった。現に、また会いたいとさえ思っている。自分の知らないことを、幻想めいたことをあたかも真実のように語る。
真実なのかもしれないが、まだ信じられない。
きっと羽竜も同じ理屈で惹かれているのだ。
「ヴァルゼ・アーク………って強いの?」
「あいつは悪魔だ」
「悪魔?」
「悪魔の神様なんだ。確か………重力と空間の神とか言ってた気がする。まあ、あんまり本人は神様呼ばわりされるのが好かないみたいで、魔帝って名乗ってるけど」
「神様………」
とても神様には見えなかったが、言われてみれば深い思慮の向こう側に感じた独特の雰囲気。そこに惹かれてるのかもしれない。
「俺の世界であいつは、宇宙を無に還そうとしてたんだ。無限を操る力、インフィニティ・ドライブで」
「宇宙を無に………なんだか難しい話だね。サン・ジェルマンみたいだ」
「サン・ジェルマンってのはあの初老の男か?」
「うん。時間軸を融合させて、時間を終着させる気なんだよ」
「どうせ入れ知恵したのはヴァルゼ・アークだよ。あいつは探してるんだ」
「探すって何を?」
「宇宙に散って行ったインフィニティ・ドライブ………もしくはそれに代わる力さ」
「宇宙を無に還すって、どうしてそんなことしたいんだろ?」
「運命ってのが既に決まってるからだろ」
「そういえばそんなこと言ってたかな。馬鹿げてるよ。運命だとか未来が決まってるとか、じゃあ僕らは何の為に生きてるんだ。そう思うだろ?羽竜」
「ああ」
素っ気ない返事をして羽竜は少し物思いにふけった。
未来や運命が決まってるなんて塵ほどにも思いたくない。しかし、永い時間ヴァルゼ・アークと戦ううちにその思いがそよ風にさえ揺れる。
−運命は既に決まっている−
力と力の戦いに勝敗は着いていないが、心理戦には優劣が着いている。
頑なまでに全てを無くそうとする魔帝ヴァルゼ・アーク。
彼がサン・ジェルマンに何かを吹き込んだ可能性は高い。ただ、そうなると不自然なことになってくる。
「でも羽竜。もし、サン・ジェルマンが時間を終着させることを叶えるとしたらさ、ヴァルゼ・アーク……だっけ?あの人は他の世界にも行けずにこの世界で果てることにならない?」
「だろうな」
「だろうなって………」
「つーかよ、あいつはサン・ジェルマンって野郎がすることを観察したいんだよ。もし、インフィニティ・ドライブに代わる力をサン・ジェルマンが手に入れたら………」
ゴクリと唾を飲んだ。
「きっとサン・ジェルマンを倒してその力を自分のものにするはずだ」
有り得ない話ではない。ヴァルゼ・アークが本物の神なら、サン・ジェルマンなど相手にならないのかもしれない。
「で、でもだよ?サン・ジェルマンには魔法が効かないんだ。倒すなんて………」
「魔法じゃなきゃ駄目なのかよ?」
そう言われてみれば他の方法なんて考えたことがない。ケファノスさえ肉体を取り戻せば、うまくゆくと思っていたから。
羽竜の言うことはすごく自然だ。
魔法が駄目なら剣がある。
(でもなんだろう………本当にそれで倒せるのかな?)
ダンタリオンが抱く疑念を、クダイも抱いていた。
頭を捻って定まらない思考を巡らせていると、
「仮に全ての攻撃が効かないとしても、ヴァルゼ・アークはサン・ジェルマンの倒し方を知ってると思うぜ?」
「言い切れるの?」
「自分が下位に立つことはしない。そういう奴なんだよ」
「魔帝ヴァルゼ・アーク………かぁ………」
クダイの胸に去来するのは、成長しようとする自我。それは自惚れにも近い。
精神の未熟さ故、憧れに焦がれ、いつか過ちだったと気付く。
今のクダイは、それを知るわけもなかった。