第六十一章 心知らず
場所はザンボル国。正式にはザンボル共和国。その中庭にクダイ一行はいた。
今ここで世界中の国王達による、サン・ジェルマン伯爵に対抗する手段の話し合いが行われようとしていた。
その会合へケファノスが魔族代表で呼ばれているのだ。もちろん理由は魔族の王だから。
世界の在り方や進み方も話し合われるという。
出席に当たり、ケファノス自身は問題はないのだが、
「僕も着いて行く」
クダイがこう言ってきかないのだ。
「お前が行ってどうする」
素朴な疑問をシャクスが聞いてみると、
「だって、人間はケファノスを敵だって言ってたんだ。またケファノスを虐めたりするかもしれないじゃないか」
と答えた。
やれやれと言わんばかりにみんなが困り果ててると、
「クダイ。アンタはジャスティスソードを使える人間なんだよ?魔族側に着いて行けば余計に警戒されるだけさ。それに、この世界の住人じゃない。いつかは自分の世界に帰る身分だろ?アンタが着いて行くのは無責任ってもんだよ」
オルマが言った。
実にもっともな話で、仲間というだけで首を突っ込むのは控えるべきだろう。ましてや論理的に会話の出来る性格ではないのだから。
「なんだよ!ケファノスは仲間じゃないか!今まで一緒に戦って来たのに、オルマはこんところで見離すのかよ!」
「極端過ぎだよ、クダイ。あたしは別にさぁ………」
「なんだかんだ言って優しい奴だと思ってたのに!」
それじゃあ普段は優しくないと?前頭葉を一瞬過ぎったが、言い聞かせる自信もないのでやめた。
オルマとしてもケファノスを仲間だと思っている。ならなぜクダイを止めるのか?それは、ケファノスも一国一城の主だからだ。
種族は違えど身分が違うのだ。浅はかな考えでケファノスの尊厳を潰すわけにはいかない。
「そういうことです。わかって頂けましたか?」
代わりにダンタリオンが説明したが、クダイは納得してない様子。
「子供だな。まるで」
シャクスにまで毒突かれる始末。
ムスッとしていると、ケファノスが腰を降ろしていた石の椅子から立ち上がり、
「これは魔族の王としての責務だ。お前達とは関係がない。だが、気持ちだけは受け取ろう」
クダイの気持ちが伝わってることを言った。
クダイがそこまでケファノスを擁護したいのは、今まで散々ケファノスを対敵して来た人間が、そんなに簡単に魔王を迎え入れるとは思えないからだ。
同じ人間なのに人間側を信じられない。そんなジレンマがクダイをそうさせるのだ。
見兼ねていたカイムが、木に寄り掛かって、
「そんなに心配なら俺がケファノスに着いて行けばいいだろ」
切り出した。
「他の連中に家臣が付くのに、ケファノスだけが一人ってのは確かに不利だ。幸い俺はハーフエルフ。人間でも魔族でもエルフでもない中立の立場。魔族側に着いても問題はないはずだ」
「カイム………」
途端にクダイの顔が明るさを戻す。
「だけど、お母様………アイニ様も出席するんだよ?怒られないかなぁ?」
「俺が正しいと思ってやることだ。アイニ様でも否定は出来ないよ」
逆にカイムを心配するシメリーだが、どこか漲る彼の自信に何も言えなかった。
「後はお前の許可を貰うだけだ。どうだ?ケファノス」
「………いいだろう。断る理由はない」
ようやく落着した。
「これでいいな?クダイ」
「うん。頼むよ、カイム」
一安心したところで、ケファノスを呼びに衛兵が来た。
ケファノスはカイムと特に打ち合わせることもなかったが、行き際に立ち止まり、
「シスターはどうしてる?」
そう聞いて、
「シトリーが付いてるから大丈夫だよ」
シメリーの言葉を確認すると「そうか」とだけ言っていなくなった。
「あいつ………ひょっとしてシスターを心配してるのか?」
「でしょうね」
シャクスは意外といった顔をしていたが、ダンタリオンにはそうでもないようだった。
事情は知ってるものの、カカベルの心情を察すればケファノスが肉体を取り戻したことは手放しでは喜べない。
とは言え、優先すべきはサン・ジェルマンの討伐。カカベルへの配慮は足元にも及ばないのが世界の意見。そしてそれは正しい。
だから仲間である自分達だけは、カカベルを気遣ってやりたい。
「それはそうと、あの羽竜って奴はどこだ?」
気にかけることが多くて頭が痛くなって来る。
シャクスは辺りを見回してはみたが、羽竜の姿は見えなかった。
「不死鳥の魂を受け継いだとか言ってたけど、詳しく話を聞きたいわね」
「黒仮面とも因縁があるみたいだしな」
オルマもシャクスも、一番気になるのは羽竜のことらしかった。
彼もまた様々な世界を旅しているという。それが原因か生来の性格かはわかり兼ねるが、知らない世界に来て物おじはしないし、態度もでかい。揚句の果てには協調というものを知らないらしい。
全く持って迷惑な奴だ。
「なら僕が捜してくるよ」
そんな迷惑な羽竜を捜しに、クダイは元気に走って行った。
「さて、私達も今のうちにやっておかねばならないことがあります」
ダンタリオンが切り出した。
シャクスもオルマもシメリーも、何の話か聞いていない。
「やっておかなきゃならないって………何を?」
シメリーは小首を愛らしく傾げた。
「伯爵の攻略法を調べるんです。幸い、ザンボルには巨大図書館があります。調べ甲斐がありますよ」
と、軽く爽やかな笑顔を見せた。
「サン・ジェルマンの攻略法だと?」
「そうです。以前、伯爵には魔法が効かないことを話しましたね?その理由をドミニオンは、伯爵が時の秘法で“時間を身に纏っている”からだと言ってました。そして、伯爵自身の時間は凍結されていると。それを破るには“心”で破るしかないとも」
シャクスは釈然としないようで、また噛み付いた。
「魔法が効かないのなら物理的に行けばいい話だ。その為にケファノスの肉体を取り戻したんじゃないのか?」
もっともな意見だが、調べるという作業をしたくないのだ。
聖騎士になったほどだ、頭はいい。だが、聖騎士になってからは、勉強より剣の腕を頼りにして来た。そういう分野は苦手なのだ。
「ええ。確かにそうなんですが………」
釈然としないのはダンタリオンも同じなようだ。シャクスと理由は違うだろうが。
「あたしもシャクスも、アンタもカイムも強い武器を手に入れた。クダイのジャスティスソードもあるし、あの羽竜って男の子もかなりの腕前みたいだから、頼んでみれば力になってくれるかもしれないじゃないか」
「みんなでかかれば魔法なんて効かなくても大丈夫じゃないのぉ?」
オルマもシャクスに同意見なのは、やはり書物を読みあさるのが苦手だからだ。
シメリーはそうでもなさそうだが、実力のある者達がこれだけいるのだ、サン・ジェルマン一人に手を妬くとは思っていない。
「引っ掛かるんです。ドミニオンはこうも言いました。『サン・ジェルマンは時を操る者。そのカラクリを暴かぬ限り誰も勝利しない』と。つまりですね、魔法が効かないというのは、魔法を武器とする私個人の意見でして、もしかすると物理的な攻撃も効かないのではないかと」
「嫌なことサラっと言う性格、直した方がいいよ」
それが事実だとしたら、サン・ジェルマンには勝てないままになる。
オルマの皮肉も気にせず、ダンタリオンは続けた。
「ここからは私の推察ですが、物理的攻撃や魔法が効かないというのは時の秘法のオマケのようなものであって、本当はもっと別の目的があるんではないかと」
「例えば?」
食いついたのはシメリーだけだった。
「そうですねぇ。わざわざ自分の身体に影響を与えるのですから………」
いい考えは浮かばなかった。
それでも、物理的攻撃も効かないという推察だけは自信がある。
「とにかくです、時の秘法に関することを四人で調べましょう」
やっぱりそうなるのかと、シャクスとオルマは溜め息を漏らした。
「ささ、早く」
ダンタリオンに急かされ、ザンボルが誇る巨大図書館へと向かうことになった。
時の秘法………後に、それが大きな障害となる。