第五十九章 蘇る魔王 〜後編〜
「どうなさいました?浮かない顔をされて」
一人、苦虫を噛み潰す思いをしていると、セルビシエが話し掛けて来た。
ボンテージドレスではなく、普段の黒いドレス。左足を引きずるところを見ると、傷口を魔法で治してないのだとわかる。
「セルビシエか。なあに、少しばかり考え事さ」
「まあ。いけませんわ。お疲れなのですから身体を癒さなければ」
「特に何をしたわけでもない。お前こそ、なぜ傷口を塞がない?」
深い傷口であっても、引きずる必要がないくらいまでは治癒可能なはず。
「これは………」
セルビシエはスカートを包帯の巻かれた大腿が見えるまで捲くり上げた。
白くしなやかで艶やかな脚線美が、惜し気もなくあらわにされる。
やや頬を赤らめ、
「わたくし自身への戒めでございます」
そう言った。
「戒め?」
しかし黒仮面には何に対しての戒めかわからず、きっと不自然な表情を見せたに違いなかった。
「はい。黒仮面様の傍らを預かる身でありながら、小娘二人にこの醜態。償いの意味も込めての戒めでございます」
「………ハハハッ!」
「く、黒仮面様!?」
「いや、悪い。あまりにストイックなことを言うもんだからつい」
「わ、わたくしはいつだって真剣だと………!」
「ありがとう」
「え………?」
「お前の気持ち、嬉しく思う。身にあまる光栄だよ」
皮肉ではなく、心からの黒仮面の気持ち。これ以上の至福は、セルビシエには考えつかなかった。
それなのに、黒仮面はひざまずく。
「黒……仮面様……?一体何をなさって…………」
気でも振れたかと思うような行動に戸惑う。
心拍数が細胞を刻むようにスピードを上げ、言葉が震える。
黒仮面は傷ついたセルビシエの大腿に、そっと唇を触れた。
「あ…………そ……そのような……」
「これは戒めなんかではない。勲章だよ」
「勲………章?」
「嘆くことはない。胸を張って誇ればいい」
黒仮面は立ち上がって、セルビシエの顎を持ち、
「魔帝ヴァルゼ・アークの為に戦ったのだと」
今度は優しく接吻をした。
「ヴァルゼ・アーク様………それがお名前なのですね………」
輪廻の塔で羽竜が言っていたが、聞いていいものか悩んでいた。それだけに、セルビシエの熱い情熱は形を変え始めていた。
「ヴァルゼ・アーク様。お願いがございます」
「どうした?」
「貴方様がこの世界から旅立つ時、一緒に連れて行って頂けませんか?」
胸に秘めていた想いを打ち明けた。
すぐには答えなかったが、黒仮面が真剣に受け止めたことの表れ。自分のことで一瞬でも悩んでくれていることが嬉しくて瞳が潤む。
「俺は女を幸せにする術を持たない男だ。一緒に旅をしても何もしてやれない」
「わたくしが望むのは黒………ヴァルゼ・アーク様の傍ら。このセルビシエ、命尽きるまでお傍に置いて頂けるだけで結構です」
どんなに遠ざけられようとも、離れる気はない。困った女だと思われようとも、半端な感情では言ってない。
「物好きな」
「いけませんか?」
「いや。嫌いじゃない。そういう女は」
心救われたのは黒仮面の方だろう。
黒仮面が何で悩んでいるのか、サン・ジェルマンとの会話を耳にしてわかっている。
少女をさらう。卑劣で小賢しい真似をしたくはないのだ。
しかし、“見たい”ものがある。それは時間の終着なのか、それとももっと別の何かか。
いずれにせよ、避けて通れぬ試練のようなものなのだろう。
「お許し……頂けますか?」
「………ああ。それほどまでに俺を望むのなら」
「では………」
セルビシエは黒仮面の胸に寄り添い、
「わたくしにお任せ下さいませ。ヴァルゼ・アーク様に訪れるどんな試練も、わたくしが全て排除してさしあげますわ」
この時が満たされるのなら、他に何もいらなかった。
羽竜の広げた炎の翼に飛び込んだケファノスを、一同はじっと見守っていた。
(ケファノス………)
クダイは祈っていた。なんだかんだとずっと共に旅をして来たのだ。仲間意識以上の想いと絆がある。
ケファノスのこと、行き詰まった考察の末の無謀な賭けではないだろう。
羽竜の背中の炎翼からは、普通の炎とは違った感覚を覚える。
生命エネルギーとでも言おうか、神聖な儀式の賜物に触れる感覚。
鳳凰の祭壇に満ち足りる熱気の正体はそれだろう。
全員が成り行きを見守る中、ケファノスを包む炎は大きくなり、やがて人の形を作る。
炎上するケファノス。そして姿は現れる。
「ケ……ファノス?」
クダイの目に映るのは、あの日廃校の体育館での紫の鎧の騎士。違うのは、仮面を被ってないことだけ。
雪のように透明感のある毛髪。サファイアのように青く綺麗な瞳だった。
魔王のイメージから掛け離れたビューティフェイス。低く落ち着きのある声からは想像していなかった。
「あれが………ケファノスの……?」
オルマでさえ見とれてしまった。
シトリーも唖然としている。
それほどまでに見事なルックスなのだ。
「ケファノス………よかったじゃないか。身体が……身体が……」
なぜだろう?クダイは涙が止められなかった。溢れる涙が顔をしわくちゃにしてしまうほど泣いている。
拭っても拭えない。そんなクダイを見てケファノスは近寄ると、クダイの頭に手を乗せ、
「何を泣くことがある?」
変わらない声色で言った。
「だって……だって……僕にもよくわかんないけど………」
フッと愛しむように微笑み、
「待たせたな」
それだけで済ませた。
泣きじゃくるクダイは、それがケファノスの感謝の言葉であることを知っている。
「オルマ、シトリー………そしてシスター、ここまで余を導いてくれたこと感謝する」
「な、何言ってんだい。サン・ジェルマンを倒すにはアンタの力が必要なんだ。感謝なんて」
あまり感謝などされたことのないオルマには、ムズ痒い言葉だった。
「わ、私も………何もしてないよ」
そう言いながらも、シトリーは照れて見せた。
ただ、カカベルだけはわなわなと震えている。
「どうしたんだい?カカベル」
オルマの問い掛けにも答えず、カカベルはケファノスだけを見ていた。
「シスター?」
シトリーすらも無視する。というよりも、何かショックを受けてるような印象がある。
見られていることを知ったケファノスは、ゆっくりとカカベルに寄り、
「生きることを諦めなかったのだな」
ケファノスが何のことを言ってるのか、クダイ達にはわからなかった。
「………あ…………ああ……」
カカベルは驚き戸惑っている。
「人の生きる道に神の教えなど意味はない。生きる力は人が持つ明日への希望。………良いシスターになったな」
その意味は………
「テ………テンス様………」
カカベルの一言が教えてくれた。
一度だけカカベルが話してくれた。村を壊滅され、辿り着いたザンボル国の廃教会。死ぬことを覚悟した日。そこに現れてカカベルに生きろと言った“天使”。
その天使は、今カカベルの前にいる魔王………ケファノスだった。
いつか仇討ちをしたいと願った相手と、生きることを教えてくれた人物。それが同一人物だと知ったカカベルは、動揺で心が崩れそうになっていた。