第五十九章 蘇る魔王 〜前編〜
「全軍撤退だ!」
生き残った部下に、アスペルギルスが声を上げ指示を出す。
それは、クダイ達が事を成したのだとわかるものだった。
「不死鳥はどうしたんだ」
エンテロがやって来てそう聞くと、アスペルギルスは鼻を鳴らして顔をしかめた。
「まあいいや。後でゆっくり聞こう」
視界に入るエルフの軍勢と、国旗のようなものも見える。多分、人間達も加勢に来たのだろう。
十万いた兵はその数を半分以下まで減らし、長引けば全滅を免れない。
舌を打ち、撤退する群れに紛れ姿を消した。
「勝った………」
カイムはその場に座り、あぐらをかいた。
「正確には助かったと言ったところでしょうか」
座り込みはしないものの、気持ちだけはカイムに同じだった。
撤退して行く魔族の群れは、まだ夜の明けない空へと遠ざかって行った。
「そういえば俺に用があるとか言ってたな?」
クダイが言ってたことを思い出し、羽竜がぶっきらぼうに言った。
「ケファノス」
クダイはケファノスを呼んだ。
夜明けまでまだ時間はあるが、早く肉体を与えてやりたい。
心なしか、弱っているように見えるからだ。
「なんだ?この人形?」
「彼の名はケファノス。僕達の大切な仲間だ」
「ふぅん。それで?」
怪訝な顔をされたので、回りくどい言い方はやめる。
「単刀直入に言うよ。君の翼の羽根が欲しい」
「羽根?これの?」
羽竜は左の翼を開いた。
「ケファノスは事情があって肉体を失ってるんだけど、不死鳥の羽根があれば取り戻せるかもしれないんだ」
そんなことが可能かどうか、羽竜自身も未知なこと。
「なんだかよくわかんねーけど、切羽詰まる事情だってのはわかった。でもよ、この翼………ほら、炎で出来てんだよ。羽根って言われてもなあ……」
欲しいのならくれてやらないでもない。可能なら。
羽竜の言いたいこともわかる。クダイ達はどうすればいいか模索してると、
「ならばその翼の炎、余が全身に浴びよう」
ドミニオンが嘘の情報を語ったとは思えない。
翼が炎で構成されているのなら、羽根と見立てるものは、やはり炎。
「もう少し考えようよ。万が一焼けちゃったら………」
そうクダイは案じたが、
「お前達はよくやってくれた。感謝している。だからこそ賭けるのだ。大丈夫だ。きっと上手くいく」
不死鳥の炎は普通の炎とは違って崇高なものなのだろう。でなければ伝説になどならない。なるわけがない。
確証は必要なく、信じればいい。このままではどうせ尽きる命。“仲間”の恩に報いる為、
「俺は人間だけど、この翼の主は不死鳥の神のものだから、特別な力は期待出来るかもな」
羽竜は穏やかな表情をして言った。
そしてケファノスは決心する。
「翼を広げて欲しい」
言われるままに六枚の翼を目一杯広げた。
不安げに見守るクダイ達に、
「フッ。奇跡を信じる人間の気持ちがよくわかる」
言って、ケファノスは羽竜の広げた炎の翼に飛び込んだ。
「不死鳥が少年だと知っていたのか」
サン・ジェルマンは黒仮面に言った。
「腐れ縁でな。だが、あいつが不死鳥の役目を担っているのは事実だ。嘘は言ってない」
「それはいい。問題はあの少年………羽竜少年の強さだ。ヨウヘイと変わらぬ歳であの気配。とてもじゃないが、ヨウヘイはおろか、アスペルギルス達でさえ敵うまい。不死鳥の力の恩恵か」
「いいや。あれは羽竜自身が経験で身につけた強さだ。だから俺も手を焼く」
倒したいのになかなか倒せない。そうしてるうちに、見る見る力を付けて来る。
天与とさえ思わずにいられない。
「それよりどうするんだ?羽竜を倒さねば輪廻の波動は止まらんぞ」
黒仮面は一切の手は貸さないつもりだ。傍観。静観を決める。本人の言うところの気まぐれでも起きない限りは。
「計画を変更する。羽竜少年は後回しにする。まずはクダイ少年達から最後の時間構築魔法具を奪う」
「ヨウヘイは?」
「“器”としてしっかり働いてもらうつもりだ。しかしながら、ヨウヘイは魔力を持たない。必要な量の屍人を短期間で集めるには、多くの魔力が必要だ」
「アスペルギルス達でも“使う”か?」
「もっと有効な手段がある」
「………聞こう」
「クダイ少年といるエルフの少女。どちらでもいい、彼女達なら十分な魔力を持っている」
「なるほど」
「手を貸してくれるな?黒仮面。いや…………ヴァルゼ・アーク……だったかな?」
「……………。」
その名が本当の名であろうことは、羽竜が口にしたことで決定づけられた。
黒仮面は何も言わないが、断れないことへのもどかしさを感じている。
断れないのは、傍観という大義名分が建前であること。やはり自身の目的があるのだ。
「………いいだろう。エルフの少女を連れて来ればいいんだな?」
本腰を入れ始めたサン・ジェルマン伯爵。
その本性は、神さえも欺く。