第五十八章 炎の翼を持つ少年 〜後編〜
「やるな………女」
アスペルギルスは苦戦している。同様に、オルマも。
「聖騎士を目指してたことがあったもんでね。そうそうくたばったりしないよ!」
まだ勝負は着いていないが、中断せざる得ない事態になる。
二人もまた不死鳥の気配を感じ取ったのだ。
「この熱気………来るのか!不死鳥が!」
ファイティングポーズを解いてアスペルギルスが天井を仰ぐ。
最上階で起こる最高のイベント。見逃すわけにはいかない。
「女。この勝負一先ずお預けだ」
そう告げると、前触れもなく消えた。
「待ちなさいっ!アスペルギルス!!」
いなくなった空間を見つめ、
「クダイ……シャクス……!」
俄然、アスペルギルスの後を追った。
塔の下では魔族の群れが数を減らしていた。黒仮面はそれを眺めていた。
いや、視界には映ってもそんなものに意識はない。ただ、ようやく待ち望んだ不死鳥の気配に、高揚する気持ちが抑えられずにいた。
「………フッ。ようやく来たか。相変わらず待たせるのが好きな奴だ」
共に様々な世界を渡り歩く。今や楽しみの一つ。
暗い夜空を更に暗く覆う雲の向こう。途切れ途切れの合間に月が見える。
「まあ……しばらくは楽しもうじゃないか。この世界が果てるまで」
鳳凰の祭壇。クダイとヨウヘイ、そしてサン・ジェルマンはディメンジョンバルブを見つめていた。
肌を焼くような熱気に達した時、炎を纏う鳥が現れた。
「ふ………不死鳥………」
ヨウヘイが呟く。
「おお………まさに火の鳥。輪廻の波動!」
感銘を受けたサン・ジェルマンが祭壇へ近付く。
ディメンジョンバルブが閉じ、不死鳥は纏う炎を払う。そしてそこにいたのは………
「に……人間!?」
クダイが言った。
そう、そこには炎の翼を持ち、真っ赤な鎧に身を包む少年がいた。
鎧の中で炎が揺らめく不思議。少年は翼を畳むと、祭壇の下にいるクダイ達に気付いた。
「………なんだオマエら?」
自分と同い年くらいの少年が二人、剣を握り。トップハットの老紳士に見つめられている。
「お前こそ……不死鳥………なのか?」
ヨウヘイが問うと、
「あん?俺は人間だよ」
少年はそう答えた。
「そんなわけないだろ!だって、今炎を………」
食い下がるヨウヘイに、
「ああ。時間を渡る時は、不死鳥の姿になるからな」
「じゃあやっぱり……!」
「けどちげーよ。俺が不死鳥の姿になるのは、この鎧のせいだ」
少年は少し考え事をしてから、祭壇を降りて来た。
「何見てんだよ」
サン・ジェルマンに視線が気になった。
すると、くんくんと鼻を動かし、
「あいつの匂いがする」
そう言った。
「あんた、あいつの知り合いか?」
いきなり見知らぬ人物に“あいつの知り合いか”と聞かれて、そうですと答える奴はいない。
だが、サン・ジェルマンとヨウヘイには、少年が黒仮面のことを言ってるのだとわかった。
「随分と礼儀の知らぬ不死鳥だな」
イメージと大分違う“不死鳥”に、サン・ジェルマンの熱も冷めていた。
「うるせーな。聞いたことに答えろよ」
機嫌が悪いらしい。次第に口調が荒くなる。
クダイとヨウヘイには、少年の威圧的な態度は苦手だった。 同年代だからこそ感じる、脅威にも似た雰囲気。不良と馴染みのない二人には、関わりたくない人種なのだ。
少年が不良かどうかは別としてだ。
「相変わらず口の悪い奴だ………羽竜」
そうしてると、暗がりから黒仮面が現れた。
「………やっぱりいやがったか。ヴァルゼ・アーク!」
少年は右腰の剣に手を掛ける。
「そういきり立つな。久々の再会だ。それに、ここにいる者達は、皆お前を待っていたんだ。少しくらい愛想よくしてやれ」
「ふざっけんなっ!いっつも逃げやがって!」
「逃げてるわけじゃない。用が無くなるだけだ。その世界にな」
「おんなじだろ!」
二人の会話に誰も入れないが、知り合い以上の関係だということくらいはわかる。
羽竜と呼ばれた少年が鞘から剣を抜くと、真紅の刃が顔を見せる。
「オマエら、斬られたくなかったらそこをどけ!」
と、クダイ達に吐く。
「さっきからお前こそエラソーにしやがって!」
突っ掛かるヨウヘイが剣を振り下ろす。が、あっさりかわされ、喉元に刃を突き付けられた。
「くっ………!」
「どけろっつってんだろ」
羽竜の視線に後ずさる。
その成り行きを見届けるように、アスペルギルスが姿を現し、
「とんだ不死鳥だな。まるで悪人だ」
悪態をつく。
「不死鳥不死鳥って………不死鳥が善人だって誰が決めたんだよ」
さすがに頭に来たのか、羽竜が文句を言う。
黒仮面が堪え切れず吹き出した。
「ハハハハッ!羽竜、それでは悪人だと認めたようなものだぞ」
「るせーよ。悪人だったとしても、あんたよりはマシさ」
ヨウヘイをやり過ごし、一歩ずつ黒仮面へ近付く。と、クダイが羽竜の行く手を阻んだ。
「なんだよ。オマエもヴァルゼ・アークの仲間か?」
「違うよ」
「ならどけ。オマエらに用はない」
「そういうわけにはいかない。君に用がある」
言い合っていると、そこへケファノス、シトリー、カカベル、オルマもやって来た。
「みんな!」
クダイが仲間へ気を取られた瞬間を見計らい、羽竜はクダイの腹を蹴った。
「がっ………」
「クダイ!!」
シトリーが思わず駆け寄り、羽竜を睨んだ。
「何するのよ!」
「俺は今、機嫌が悪い。邪魔する奴は片っ端から斬る!」
それは、その場の全員に告げた言葉。羽竜にとっては全員が敵なのだ。
これ以上は、打開しなければと黒仮面が言う。
「サン・ジェルマン、どうするんだ?ここで羽竜を倒すのか?」
選択はサン・ジェルマン次第。
サン・ジェルマンはじっと羽竜を見つめ、
「いや。退散だ」
そう言った。
がさつに見える羽竜だが、その実力はかなりのものであると推測された。
黒仮面が待つだけの男。おそらく、立ち向かえる者はここには黒仮面を除いてはいない。
不死鳥は現れた。その事実だけで十分な収穫。先のことはこれから考えればいい。
「サ、サン・ジェルマン!」
ヨウヘイの制止は聞かず、彼を連れて消えた。
「しかたあるまい」
日が悪い。アスペルギルスも退散した。
そこへまた来客があった。
「セルビシエ………」
黒仮面は体力を消耗しているセルビシエの元に行き、
「掴まれ」
肩を貸す。
「も……申し訳ありません………このような……無様な……」
どこかいじらしくなる。
黒仮面はフッと笑い、セルビシエを抱き抱えた。
「く、黒仮面様!」
「褒美だ」
仮面の奥の瞳がウインクをした。
「…………はい」
今はその褒美を黙って受け取った。
踵を返す黒仮面に、
「待てよ」
羽竜が呼び止め、
「時間を超えて来たばかりで疲れているだろう?少し身体を休めろ」
そう返すと闇に消えた。
「チッ、また逃げやがった」
ボソッと呟いた羽竜は、視線の多くに気付いた。
「だから何見てんだよ」
自分の立場をよくわかっていないようだった。
待ち望んだ不死鳥は、真紅の剣と鎧を身に纏う炎の翼を持つ少年。
敵ではなさそうだが、味方でもなさそうだ。
今はまだ、ケファノスの肉体が戻るか定かではなかった。