第五十八章 炎の翼を持つ少年 〜前編〜
鳳凰の祭壇の前で、サン・ジェルマンは階段に腰を下ろし、ヨウヘイは腕組みをして石柱に寄り掛かって、一向に現れない不死鳥を待っていた。
「ホントに現れんのかよ。二時間は待ってんだぜ?段々疑わしくなって来たよ」
若いヨウヘイに、何もせずじっとしてろとは無理な話。暇を潰すにも携帯電話すら無い。せめてネット環境くらい無いものかと、無駄なことばかりが頭を過ぎる。
ヨウヘイの愚痴には付き合わず、サン・ジェルマンは黙っている。
静寂がしっとりと蔓延する。
濡れた布が肌に纏わり付くように、空気に湿りがある。
ヨウヘイの喉が乾燥を避けられているのは、そのおかげだろう。
無言がまた続き、鬱蒼とした溜め息が数を重ね、やがて足音が聞こえ始める。
「………誰か来る」
ヨウヘイは鳳凰の祭壇に踏み込んで来る者を待つ。
入口付近の明かりが影を次第に形作る。
「クダイ!」
「………ヨウヘイ!!」
ジャスティスソードを手にクダイが駆けて来た。
真っ先に目が入ったヨウヘイの向こうにいる老紳士にも目が止まる。
「サン・ジェルマン」
退屈そうにしてるところを見る限り、不死鳥はまだ現れてはいないようで、クダイは一先ず安心した。
「久しぶりだな、クダイ。待ってたぜ」
待ってたのは不死鳥ではないのか?などとツッコミを入れる気もなく、
「会う度に悪そうな顔になってくな」
悪垂れるだけに留めた。
「不死鳥よりお前が先たあ、これもまた宿命か」
ヨウヘイが手に剣を具現化する。
見た目は普通の剣。ジャスティスソードのきらびやかさには断然劣る。
が、油断は出来ない。ヨウヘイは屍人を使う。
正確には屍人をダークエネルギーに変換させる。
黒仮面の言った真実。屍人が時間の断片なら、そこにあるエネルギーは計り知れないだろう。何せ、時間とは誰しも逆らえない不可視の存在。そして、誰しもがその流れに従って生きているのだ。
この世を支配してるのは、神ではなく時間なのかもしれない。
「ヨウヘイ………いい加減目を覚ませ!このままサン・ジェルマンに従うなら、僕はお前を倒さなきゃならない!そんなことはしたくないんだ!」
「青いなあ。まだ、んなこと言ってんのかよ。時間軸の融合、そして時間の終着。未来を無くすことで時間から解放されるんだ。見てみたいと思わないのか?時間を失った世界を」
「見たくないね!そんな世界には何も残らない!きっとお前自身もだ!ヨウヘイ!」
「………だってよ〜。何とか言ってやってくれよ。俺の友達に」
ヨウヘイに言われ、サン・ジェルマンは腰を上げる。
「クダイ少年の言う通り、時間を失うということは輪廻が無くなってしまうということ。生命の循環も無くなり、未来どころか過去も現在も無くなる。そんな世界に一体何が残るのか………何も残らないかもしれない」
「お、おいサン・ジェルマン!」
「何も残らないかもしれないが、人の悲しみや憎しみ、怒りや嘆きも無くなるということだ。もっとも、誰もやったことのない偉業。どうなるかは箱を開けるまではわからない」
サン・ジェルマンの歩く鼓動だけが鳳凰の祭壇に響く。
「自分すら犠牲にするのか?僕にはわからない。人間って、感情豊かな生き物だ。それの何が悪いんだ?泣いたり笑ったり………そんなの当たり前のことじゃないか!」
「クダイ少年、当たり前のことが当たり前じゃないと知ったなら、君は受け入れることが出来るかね?」
「運命が決まっているってことを言いたいのか?」
「察しがいい。それとも誰かに教えられたのかな?」
サン・ジェルマンにはわかっているらしい。
それはそうだろう。直感が鋭くとも出て来る解答ではないだろうから。
「運命………未来………既に決まった道を、私達は歩かされている。今こうして君と語るのも、決まっていたことなのだ」
サン・ジェルマンは続ける。
「きっと君はこう思ってる。“未来が決まっているならば、時間が自身を終着させる未来など描くだろうか”と。違うかね?」
その通りだ。でなければ、矛盾だらけの理論。人に語る程度にもならない。
「未来が決まってるなんて、僕は信じない!未来ってのはこの手で掴むもんだろ!」
「ふむ。それも一理ある。人の世においてならな。一見、矛盾に思えるかもしれんが、私は時間の不完全さを知ってしまった。先程ヨウヘイにも話したが、決まっている未来が存在するのに、純粋な過去へ戻ることは出来ん。時間移動で渡る過去は、全く別の世界。そこが自分の記憶にある過去であってもだ。もし、十年前の過去へ戻れるとするなら、戻る者の時間……つまり肉体までも十年前に戻らなければ嘘になる。もちろん、記憶もな。この不完全さが時間に付き纏う以上、時間を終着させることは可能。時間に対してだけの逆らいは認められてしまうのだよ」
そんな話を聞かされてピンと来るわけがない。
ただ、真実ではないと証明されない限り、例え妄想だろうとサン・ジェルマンは倒さなければならない。
「どっちでもいいよ。時間移動になんて興味はないから。難しい話をされても理解出来ないし」
「その点についてはクダイと意見は同じだ。俺もよくわかんねーからな」
ヨウヘイがサン・ジェルマンの横で剣を構えた。
「ヨウヘイ………どうしてもやるのか?」
「ここまで来て今更だろ」
「手加減出来るほど腕はない。それでも………どうしてもやるんだな?」
「しつこいぜ。生きるか死ぬか。それだけだ」
それを聞いて、クダイもジャスティスソードを構えた時だった。
湿っていた空気に熱がこもり始める。その違和感には三人ともすぐに気付いた。
サン・ジェルマンはすかさず祭壇を見る。
すると、祭壇の上で空間が渦を巻き、穴を開けた。
「ディメンジョンバルブ……?」
クダイが言うと、
「来る……のか…………不死鳥が」
ヨウヘイも祭壇に目を奪われた。
ディメンジョンバルブの中で稲妻が飛び交い、熱風が吹き出す。
心が躍る。好奇心が騒ぐ。
伝説の鳥が、今やって来る。
「ケファノス!!」
シトリーが大きな気配を感じ、ケファノスに促す。
その気配が不死鳥であることは言うまでもなく、優先すべき事柄である。
「本当に来たのか………不死鳥」
ケファノスは何とか魔力が尽きずに済んだことに安堵した。
「どうするだ?あの“水女”を倒してから行くのけ?」
カカベルの持つバランスブレーカーには、セルビシエの血が付いている。
「勝負は着いてるわ。私達は早く不死鳥のところへ!」
クダイ達が不死鳥の羽根を手に入れるとは断言出来ないし、最上階に到達してるかもわからない。
シトリーはケファノスとカカベルをリードして、果たすべき目的を告げる。
それを受け、カカベルも納得して頷いた。
だが、セルビシエは傷付いた左足を引きずりながらもまだ戦う気で、
「ちょっと!簡単に逃げられると………」
ムチを床に打ち付ける。
「行こう!」
セルビシエを無視してシトリーが言うと、カカベルも走り出す。
「ふざけないで下さいまし!私はまだ………!」
「セルビシエ、お前の負けだ。命を取らなかったシトリーとシスターに感謝するのだな」
ケファノスに言われ、言葉をつぐんだ。
小さなマスコット人形は少女達に続く。
自分の肉体を………取り戻す為に。
「こ……小娘めッ!」
左大腿の深い傷とその痛み。それよりも深く根付いた恨み。
黒仮面への想いが、セルビシエを駆り立てる。
十万の魔族の群れはまだ八割は残っている。
ダンタリオンの放つ光の魔法を持ってすら、簡単に事は運ばない。
落ちた魔力はシメリーが分け与えてくれるが、基本の魔力量はダンタリオンに及ばない。
ダンタリオンの使う魔法も高度なものばかり。いくらか魔力の減少を抑えは出来たが、それも限界だった。
「ハァ……ハァ……ご……ごめんなさい。私にお手伝い出来…るのは………ここまでです」
魔族の群れの真ん中で、シメリーは座り込む。
「いいえ。むしろお礼を言わせて頂きます。もう十分です。少し休んでいて下さい」
ダンタリオンはシメリーの頭を撫でてやった。
「ダンタリオン!なんかいい魔法ないのかよ!」
カイムの背中がダンタリオンの背中に合わさる。
もう後がなかった。
「残念ながら………」
グランドクロスを使いたくとも、今の魔力では無理。それどころか魔力の回復は望めない。
カイムとて、矢を何千と射れば腕は思うようには動いてくれない。
「終わりかよ」
太陽の弓サルンガが無ければここまでは粘れなかった。悔しいが、これは運命なのかもしれない。
「最後まで戦いましょう。シメリーの努力を無駄には出来ません」
眠りについたシメリーを二人は見る。疲労のある寝顔に、
「死に場所も、生き場所も………いつも自分の中にあるんだな」
カイムはこの状況でようやく悟った。
そう思うと、まだ力が漲って来る。
「やるぞ……ダンタリオン!」
「あなた達とならここで命尽きるのも悪くない。しかし、出来ることなら………生きてクダイ達を迎えましょう」
八万はいるだろう魔族。全て殴ってでも生きてみせる。
意気込んだその時だった。
光の粒がダンタリオンに集まって来る。
「これは………魔力!」
ダンタリオンの魔力が回復を始める。
「ダンタリオン!あれを見ろ!」
カイムが崖の上を指差す。そこには………
「エルフ……?」
ダンタリオンに魔力を注ぐのは、エルフの軍勢。
高い崖の上から声がした。
「賢者よ!お前の魔力は我々エルフ族が回復させる!存分に力を振るうがいい!!」
聞き覚えのある声。
「ア…アイニ様!」
カイムが叫ぶと、アイニの姿が見えた。
そしてダンタリオンは、
「これは期待に応えねばなりませんねぇ」
訪れた夜の空に右手を翳し、
「居出よ!魔槍グランドクロス!!」
夜空に漂う雲を払いのけ、グランドクロスが現れる。
「何回でも撃てそうです。ですから………一気に片付けます!」
魔槍グランドクロスが魔族の群れに落ちた。




