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第五十七章 一つの真実

嫌な奴に会った。思わず顔をしかめてしまう。


「一人とは随分強気だな。少年」


黒仮面だ。

闇に溶け込むように正面に立っている。


「そこをどいてくれよ」


言葉とは真逆に、クダイはジャスティスソードを構えた。

どけと言ってどいてくれるような奴でもなければ間柄でもない。


「勝てると思ってるのか?」


「………さあてね。でもあんまり僕を甘く見るなよ」


ハッタリの一つでも噛ましてやらないと、黒仮面の気配に呑まれてしまいそうだ。

そんなクダイを見透かしたのか、黒仮面は声は上げなかったが口元で笑った。


「フッ。たいして君に興味は無いのだが、約束だったからな。輪廻の塔でなら相手をしてやると」


闇に溶け込む黒仮面は、闇の中で黒い刃の剣を抜く。

擦れる金属音が物々しく、半歩だけクダイを下がらせた。


「覚悟しろ。今度は命を貰う」


「お前こそ!この前の僕とは違う!何が何でもここを通る!」


急に黙り込むクダイと黒仮面は、相手の出方を伺っている。

明かりが乏しく目は頼りにならない。クダイにとっては都合がいいのかもしれないが、エンテロの戦いでの教訓がある。

無眼の構えで光の軌跡を捉えても、予想以上の速さで攻撃されれば太刀打ち出来ない。

そう考えると、むやみに無眼の構えも使えない。使うにしても様子を見てからだ。

目的は黒仮面やサン・ジェルマンを倒すことではなく、不死鳥の羽根を手にすること。倒すことより突破することを優先させなければならない。


「来ないのか?ならばこちらから行こう」


フッと残像を残しいなくなる。

右から来るのか左から来るのか………神経を研ぎ澄ませて黒仮面の気配を追う。

全身を這う一本一本の神経。脳からの電気信号に過敏になり、噴き出るアドレナリンが熱くたぎる。


「そこだ!」


一瞬ちらつく気配を察知し、右斜め後方へジャスティスソードを振り抜く。

刃と刃がぶつかり火花を散らした。


「いい勘してるな。だが、甘いッ!」


黒仮面が力を抜くと、クダイは前にのめり込む。力のバランスを失ったその身体に、肘を入れられうずくまる。

胃袋ごと吐き出しそうな痛みを堪え、それでも黒仮面に立ち向かう。


「うおおおっ!!」


どんな斬り方でもかわされる。だから一点でいい。針の穴のような小さな可能性を“斬り”開く。


「元気がいいな。男はそうでなくてはならん」


黒仮面に通用する手立てが思い付かないなら、ただひたすらジャスティスソードを振るうだけ。

刃と刃が衝突を繰り返す度、肉体に負荷が掛かる。


「なんかムカつくな。あんた」


「よく言われるよ。若い男にはウケがよくなくてな。女には好かれるんだが」


「それがムカつくって………言ってんだよ!!」


安っぽいとは思うが、それが黒仮面の心理作戦だとも知っている。むしろ、試されている気もするが。


「そうだ。そうやって感情の赴くままに剣を振るえ」


「うる………っさいっ!!」


石のフロアに勢い余ってジャスティスソードが突き刺さる。

直ぐさま抜き、身構える。

刃毀れ一つ無いジャスティスソード。クダイをより高い次元の戦いへ誘う。


「はぁ……はぁ……あんたが……僕と同じ世界の人間だってはわかってるんだ。あんた一体何者なんだ」


一体何者なんだ………前に聞いた言葉。黒仮面に果敢に戦いを挑んで来た少年の。

それを思い出し、吹き出しそうになってしまう。


「クク。何者なんだ………か」


「やっぱりあんたからは香水の香りがする。僕の世界にもあるような人工的な………よくわかんないけど、とにかくなんか不自然なんだ」


「言っておくが、俺は香水なんて身に纏ってない」


「そんなはずはない!だって今も………!」


「するのか?クク……なら教えてやろう。なぜ“お前”に存在しない香りを感じることが出来るのか」


“君”から“お前”と呼び変えると同時に、雰囲気も変わった。

今ある闇の全てが黒仮面にひざまずく。

それは少なくともこの空間が彼に味方している証。窒息しそうに圧迫され、天地が逆さまになったような気持ち悪い感覚。

クダイは、自分が蜘蛛の巣に囚われた小さな虫になったような気分だった。


「僕に………何を教えてくれるって?」


「お前が言う、ありもしない香りとは、俺の死んだ部下達の香りだ。死して尚、俺を守ろうとする彼女達の意志。それは………」


黒仮面が話を区切った。何を………何を言うのか。どっと汗が噴き出る。

話そうとしていることは真実で、きっと彼にしかわからないことなのだろう。

説明は出来ないが、そうわかってしまうのだ。

だからクダイは復唱して言葉を待つ。


「それは………?」


重力が無駄に力を増す。

勝ち誇ったように黒仮面は言った。


「お前達が屍人かばねびとと呼ぶものだ」


「屍人………?屍人って確かヨウヘイが使う………」


「これで確信が持てた。この世界の住人には屍人は使えないが、お前やヨウヘイには使える………というより、“感じ方” が異なるのかもしれんな」


「屍人と……あんたから香る香水の香りと………何がどう繋がるんだ?!」


屍人は極弱い魔物だとケファノス達は言っていた。だからヨウヘイが屍人をダークエネルギーに変換していることに疑問も抱いていた。

黒仮面からの香水の香りとはどう考えても繋がらない。黒仮面の正体を知る以前に、屍人とは一体………。


「どんな世界にも、時間は存在する。時間は一定の速度と方向に向かって絶え間無く流れている。しかし流体とはまるで違う。果てなく流れる時間は、言わば宇宙の記憶と記録、そして地図のようなもの。決まった運命を辿る為に流れる時間は、時に予定外のことがあると、修正軌道を始める。その時の摩擦によって削られ、零れ落ちた時間の断片。それが屍人だ」


「屍人が………時間の断片?魔物じゃないのか?だって、死人に取り憑くって………」


「時間の断片にはエネルギーが宿る。それが死人に落ちれば、一時ではあるが生命の役割を果たす。それだけのこと。ヨウヘイが変換するダークエネルギーは、時間の体温のようなもの。奴にはそれを体内に保存出来る能力があるのだ。サン・ジェルマンがヨウヘイを“器”と呼ぶ訳はそこにある」


淡々と語っているが、にわかに受け入れ難い話だ。

時間に記憶や記録があって、体温まであるという。もちろん、比喩にしか過ぎず、解りやすく説明してくれただけだろう。

実際には、一言二言では説明の出来ない事象であって、それは間違いなく科学の発達したクダイの世界でも証明されていないこと。いや、時間という存在そのものが議論されてるのだろうか?

そんな不価値にも等しいような真実を知る黒仮面。彼は………。


「単なる人間じゃないな………黒仮面」


黒仮面の支配下にあった空間が、再び元の姿を取り戻す。

無駄に強かった重力も失せ、圧迫されることは失くなっていた。


「クダイ………だったな」


そう言うと、黒い刃の剣が鞘に収まる。


「お前は一つ真実を知った。もう少し、お前がこれから先、どう進むのか見てみたい」


「………通してくれるのか?」


「俺の目的はお前を倒すことではない。この世界で俺は傍観者。お前は当事者だ。本来なら交わることはない。どんな運命にも立ち向かう覚悟があるのなら、行くといい。そして物語の結末を見るのだな」


「……………。」


クダイは黒仮面の言葉を鵜呑みにしていいものか悩んだが、不意打ちをしなければならないほど、拮抗した実力同士ではない。

黙って横を通り、そして最上階へ駆けて行く。


「クダイ」


ふと呼ばれ立ち止まる。


「見逃すのは今回が最初で最後だ。忘れるな」


何も返さずに、クダイはまた駆ける。見逃された訳ではない。勝ったのだ。どういう理由かは定かではないが、黒仮面から感じ取れる香水の香り。その事実が一度限り屈服させたのだ。

 だから“見逃す”と言ったのだろう。


「香水………か。俺には何も感じない」


黒仮面は淋しそうに呟いた。

クダイが黒仮面から感じていた香り。それは黒仮面自身が一番感じていたいものだった。


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