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第五十五章 時間の構造と時空理論

塔をかなり登ると、獣の噴水が四隅に置かれた部屋に到達した。

輪廻の塔は、古代の遺産。不死鳥伝説はあるが、不死鳥を見たという者もおらず、昔の人が神を崇める為に作ったものだと考えられていた。

だから、噴水が機能してることは、オーパーツ同然の意味がある。


「やれやれ………こんなに早く登って来るとは」


アスペルギルスは待っていたようで、足止めをするのが目的だろう。

だからと言って、残るのは一人でいい。


「シャクス、クダイ、ここはあたしが引き受ける」


童子切りを抜き、先日の続きをオルマは望んだ。


「頼む」


シャクスはオルマの力を信じてる。だからあれこれ言う必要はない。


「死んじゃダメだからね。みんなでケファノスの姿を拝んでやるんだ」


クダイなりの励ましは、十分な力になる。


「どーせオッサンだよ。”余“なんて自分のこと言うくらいだから」


「じゃあ、賭けようか?僕は化け物だと思うな。だって、初めて会った時、全身を鎧で余すとこなく隠してたもん」


「乗った!あたしが勝ったら一日付き人をしてもらう」


「いいよ。なら僕が勝ったら………」


「あたしの下着をやるよ」


「い、い、いらないよ!」


「あははは!シトリーに怒られるか」


「そういう問題じゃなくて!」


「ま、考えておきな」


軽くクダイにウインクした。


「また後でね!」


クダイはシャクスと先を行く。


「今度は逃がさないよ。アスペルギルス!」


「くく………オルマとか言ったか。それは我のセリフだ」


アスペルギルスが変身する。

尾が生え、三本指の手足。砕けないものなど無いくらい逞しい牙。頭からは二つの角らしきものが、後方へ緩やかな曲線を描いて伸びる。


「来い。骨まで食い尽くしてやる!」


「アスペルギルス、なんならあたしは、アンタの骨でスープのダシでもとってやるよ!」


悪態をつくのは、いつもの自分でいたい為。それなりに緊張はしている証拠。

童子切りを握る手も汗ばむ。

この前は、アスペルギルスにとって心理的に不利だった。しかし、今は来るだろう敵を“待つ”という行為でモチベーションを上げている。

生唾が喉を流れ、呼吸と意識がシンクロした瞬間、本能のままに飛び出した。










「不死鳥が来るって確証はなんだよ」


ヨウヘイは相変わらず横柄な態度で、サン・ジェルマンに聞いた。

どうにも蚊帳の外に追いやられてる感じがして気に入らない。大事なことを何一つとして話さないサン・ジェルマンにも不満が募る。


「確証も何も、黒仮面がそう言うのだからそうなのだろう。どのみち、後、小一時間ばかりか、もしくは数時間か、いずれにしても答えは出るのだ。私達は待てばいいのだよ」


「もし現れなかった?」


「その時はその時。もしもを考えるより、現れた時のことを考えればよい」


現れないことは前提には皆無で、黒仮面の言葉をまるで神のお告げのように信じている。

素性の怪しい男に、ここまで入れ込む気持ちはヨウヘイにはわからない。


「わかんねー。確かにあの男は、いろんな世界のことだとか、時間や空間がどーのって事情には詳しいけど、真実かどうかはわかんねーじゃねーか。なのに、なんでそこまで」


「私自身、時間を旅する。しかし、時間を旅することは出来ても、所詮は一人。私の事を理解してくれる者はいない。だが、黒仮面は私と同じ境遇にいる」


数少ないどころか、たった一人の理解者。時間を旅するなど、夢のように思える力。好き勝手やればいいじゃないかと、やはりヨウヘイはそう考えてしまう。


「時間と他の世界と、旅するならやっぱり時間だろ?なんで歴史を変えて自分の住みやすい世界を作らねーんだ?特にあいつはいろんな世界を旅してるらしいけど、時間移動と何がどう違うんだか」


「時間というのは、どこにいても存在するもの。時間と限定して旅するのも、異次元世界を旅するのも、そう変わりはない」


「なら聞くけどよ。あんたは過去や未来を自在に移動出来る。過去に行って自由に未来を変えれば、わざわざ時間を終着させるなんてことしなくてもいいんじゃないのか?」


「フッ。だから黒仮面に相手にされんのだ」


「なんだよそれ」


「いいだろう、“もしも”の話をしてやる」


ちょうど階段を登り切って辿り着いた広いフロア。そこで足を休めるように立ち止まった。


「ヨウヘイに時間移動の能力が備わったとしよう。黒仮面が憎いお前は何とかして彼を倒したいが、正面から挑んでも勝てない。だから過去へ行って黒仮面の親………どちらでもいい、二人が出会う前に殺したとする。結果はどうなるかわかるか?」


「そりゃあ………黒仮面が生まれて来ない………じゃないのか?」


「だがそれは、その世界の未来の話であって、お前が元の世界へ帰っても黒仮面は生きている。つまり、過去が存在しているのにも関わらず、未来を変える為の過去での行為に意味が無くなるのだ」


「そんなら“変わった方の未来”に行けばいいじゃねーか。おっと、“そっちの俺”はもちろん殺すけどな」


「変わった未来に時間を超えて行くことは出来ん。唯一、その過去から出ずにそこで暮らすのであれば話は変わるが」


だがそれでは意味がない。黒仮面はヨウヘイより明らかに年上。黒仮面が生まれる前の世界には、当然自分も生まれてない。

“変えたい現実”は、黒仮面が存在している“現在いま”なのだ。違う世界の人間であれど、少なからずヨウヘイのいる現在いまに影響してなければならない。

従って、黒仮面の生まれて来ない未来で生きても、ヨウヘイの望む世界にはならないのだ。

無論、仮定された話は今のヨウヘイの心中。心の問題であって、黒仮面のいない世界を望むのなら、敢えて悪行を行う必要はない。

しかし、それでは全く知らない世界へ行くのも、自分の住む世界の過去へ行くのも大差は無いということ。


「未来は変えられないってことか?」


「未来は既に決まっている。未来へ行ったとしても、そこでの行為に意味はない。過去に影響はしないのだからな。あくまでも、その未来から先の未来には影響するが、それすらも既定事項だ。だから過去へ行こうと未来へ行こうと、現在に留まろうと同じこと。少し難しく言えば、過去へ行くことは“自分”にとっては“未来”の出来事。既に存在した過去の風景ではあるが、“今の自分がいなかった別の世界”ということになる。わかるか?この見事なバランスが」


「……………。」


正直、半分もわからない。わかりやすく説明はしてくれてるのだろうが、それでも複雑な時間の仕組みに困惑してしまう。


「もう一つ勉強させてやろう。同じ理由でタイムマシンというものは存在出来ない」


「おいおい、待ってくれよ。作れるかどうかは別として、あんたや黒仮面は実際に時間移動してるんだ。タイムマシンをあんた達と位置づければ、それはタイムマシンだろ」


「それは、お前が実際に自分の世界から、この世界に来たから言えること。私が過去に行って、“未来から来た”と言っただけで誰が信じる?事実を知る人間が限られてしまうようでは、存在するなどとは言えん。“存在”というものは、“認知されなければ存在出来ない”のだ。そこに事実か虚実かは関係ない。認知の意味も、実体験しないことには、そこに理由は生まれない」


「既に未来は決まってる……か。それは全ての存在を肯定はするけど、時間の存在に干渉するような理不尽な存在は否定するってこと………信じるには、俺には知識が足りな過ぎるな」


都合の悪い事実は存在しないのが時間のルール。時間移動を誰もがするようになるなんてことは、“永遠にありえない”。

 だとすれば、誰にとって都合が悪いのか。

ヨウヘイには到底わかり得ることではなかったが、サン・ジェルマンが自分の能力に孤独を感じてた意味が、少しだけわかった気がする。


「何百年もかけて知ったことだ」


サン・ジェルマンはそう付け加えると、また歩き出した。

その“存在”に、尊敬の念を感じた。

人が考える時間の理屈やその干渉。とてもちっぽけで、浅はかに思える。

未来の存在を消す=時間が終着する。

きっとそこは、人類が最終的に目指す場所なのかもしれない。


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