第五章 嵐…その前に
「喰えん奴」……ケファノスがダンタリオンをこう呼んだわけがわかった。
クダイは、とりあえずダンタリオンを自宅に連れ帰った。
クダイの家は母子家庭。なのに一軒家に住んでいるので、客の一人二人くらい泊めてやるのは苦ではない。半分は善意で連れて来たのだが、
「こんなに素晴らしい料理を、ご子息は毎日食べてらっしゃるのですか?」
「まあ!お上手ねぇ」
「いえいえ。心からそう思ってるんですよ。美味しい料理に、綺麗で優しいお母上。ご子息が羨ましい」
どっから出て来るんだ?と、クダイは呆れ返っていた。
「さあさあ、もう一杯サービスしちゃうわ」
ダンタリオンもダンタリオンなら、母親も母親。その気もいいところだ。
「なんなんだよ……アイツ」
クダイはケファノスに聞いた。
「世渡りのうまさだけは天下一だからな。あれで賢者でなければ、ただのバカだ」
「賢者ってそんなに偉いの?」
賢者という言葉を妙に崇高に使うので気になっていた。
「賢者とは魔法に優れ、知性がなければその称号を得られん。ダンタリオンには更に剣の腕もある。騎士並に。知名度だけならイグノアより上だ」
キッチンと並びの座敷からダンタリオンを観察してると、
「クダイ君、君もこちらでお母上の料理を堪能してみては?」
ニコニコとしながら誘ってきやがった。
「僕はいらない。さっきカップ麺食べたから」
一緒に食卓を囲むなど御免被る。
「お母上の料理より、そのカップメンというのは美味しいのですか?」
「食べてみたら」
素っ気なく返した。
「ダメよ、クダイ。ダンタリオンさんはうちとは育ちが違うんだから。そんな栄養のないもの食べさせるわけにはいかないわ」
なんだそりゃ。ツッコミを入れたいところだが、面倒なのでやめて自室に戻ることにした。
「どちらに?」
白々しくダンタリオンが言うと、
「寝るんだよ」
立ち止まって言ってやった。
「いやあ〜、いいお湯でした」
コイツには遠慮というものが無いのか?クダイはそう言いたいのを我慢して、ため息をついた。
「自分の世界に帰れなくなったのに、随分お気楽だね」
皮肉たっぷりに言ってやった。
「考えても仕方ありませんから。また明日の晩にでもあの場所に行ってみましょう」
「一人で行けよ」
「そうはいきません。ディメンジョンバルブを造ったのがジャスティスソードの力なら、やはりジャスティスソード無くしてディメンジョンバルブは現れない。そして、あなたはジャスティスソードを使いこなせる唯一の存在。それをお忘れなく」
さっきまでの世渡り上手はどこへやら。含んだような笑顔で釘を刺しに来る辺りは、よくも悪くも知性を感じる。
「余裕だな」
ダンタリオンに焦りがないので、ケファノスも気に入らない。
「そういうわけではありませんよ。こう見えても、かなり焦ってるんですから」
「どうだかな。人間は信用ならんが、貴様は余計に信用ならん」
「まあそう言わずに。しばらくは停戦ということで」
「フン」
ケファノスは鼻を鳴らして黙ってしまった。
「それよりも、便利な世界ですねぇ。水も火も………」
ダンタリオンは扇風機を見て、
「風さえ簡単に起こすとは」
クダイの世界に感服していた。
「ダンタリオンの世界ってどんななのさ」
魔王と賢者なんて言葉が生きるくらいだ、どんな世界は想像出来る。ただ、一応聞いてやるだけ。
「私の世界にはこんな便利な道具はありません。それに、この世界ほど空気は汚れてはいない」
「ふぅん。僕はわかんないけど」
生まれてからずっとこの街にいるのだ、空気がどうかなんて気にしたことはない。
「私の世界にはもっと木々がたくさんありますし、町がこんなに圧迫されてはいません。便利ではありませんが、住みいい世界です。そんな世界でも、破壊の限りを尽くす輩もいる」
ダンタリオンはケファノスを見た。視線を感じて、ケファノスもダンタリオンを見る。
「ほざけ。貴様ら人間は、醜いという理由だけで我々魔族に攻撃を仕掛けて来たではないか。どこまでも身勝手なのは人間だ」
「それは違います。あなた方、魔族が人間を襲い、地上を奪おうとしてるのではないですか」
「余は地上を奪おうなどと思ったことは一度もない」
「初耳ですね」
二人の間には解釈にズレがあり、おそらくこれが初めての意見交換なのかもしれない。
「まあいいでしょう。ここであなたと話しても、私がどうこう決める立場にはありませんし、彼に迷惑もかかりますしね」
もう十分に迷惑はしている。
「さあ、もう寝ましょう。夜更かしは身体によくありません」
そう言うと、ダンタリオンはクダイのベッドに潜り込む。
「そこは僕の……」
「あっ、明かりを消して下さい」
図々しいにもほどがある。が、気の弱いクダイがそんなことを言えるわけもなく、おとなしく電気を消した。
これがこの世界での最後の一夜だった。