第五十三章 輪廻の塔 〜後編〜
魔族の群れを抜け、輪廻の塔の中へと入る。
息も絶え絶えだが、休んでる暇はない。
「止まるな!一気に階段を駆け上がれ!」
勢いがあるまま進みたい。シャクスが叫んだ。
塔の中は煌々と明かりがあり、視界に困ることはなかった。その為、シャクスが言った階段がどこにあるか迷わなかった。
広さはの割に“普通“な階段を、シャクスに言われるがままに駆け上がる。
ツンとカビ臭さが漂い、輪廻などと高名な名とは掛け離れた雰囲気がある。
それがまた物々しくて、より高い次元へ来たような錯覚さえ覚える。
階段を上り切ると、案の定と言おうか、
「お待ち申し上げておりました」
美女が迎えてくれた。もちろん、美女がいたことが案の定ではなく、彼女が敵であることは間違いなかったからだ。
それを証拠付けたのは、
「久しぶりだな、クダイ」
黒仮面がいたことだ。
シャクスやオルマは初対面だったが、聞いていた通りの風貌に疑わなかった。
「お前が黒仮面か」
シャクスにもわかる。クダイが言っていた通り、雰囲気だけで圧倒される。
「“ウチ”の若いのが世話になったみたいだね」
それはオルマも同じで、なんとか紛らわせようと、いつもの調子を保った。
「お二方、わたくしを忘れてもらっては困りますわ」
一向に自分の名前を言う機会が訪れないセルビシエが、痺れを切らした。
「水のセルビシエ」
セルビシエの期待に応えたのは、かつての主ケファノスだった。
「これはケファノス様。お懐かしゅうございます。話には聞いておりましたが、随分とチャーミングなお姿ですこと」
物腰の柔らかい女だとは思っていたが、それとは異なる柔和な余裕。原因が黒仮面だと気付く。
「水の………って、四天王なのか?」
クダイから見れば、“綺麗”な美女。オルマも美人だとは思うが、そういうのとは違う。もっと芸術的な………絵画から飛び出たようなものだ。
だから四天王の一人だとは、それを表す“水”というキーワードが無ければわからなかっただろう。
「他の四天王とは違って、誰よりも残酷な女だ」
美女が残酷なのは定番だが、ケファノスが言うようには見えない。水色の髪に似合わない、纏い手を選ぶような黒いボンテージドレス。なのに殺気を感じない。
「黒仮面様、ここはわたくしにお任せ下さい」
功績を上げたいと思ったのはこれが初めてだった。
気を遣ってくれてるのか、最近はよく傍に居させてくれる。しかし、それはセルビシエにとってのチャンス。少しでも役に立ち、長く傍に居たい。そして、この世界を離れる時、一緒に着いて行きたいと思っている。
本人がそう言ったわけではないが、そんな気がする。
いじらしい女心が、彼女を強くしている。
「なら任せよう」
黒仮面は背を翻すと、
「セルビシエ、死んではならん」
そう言い残して、幽霊のように消えた。
セルビシエは、人生の中で今日という日が一番機嫌がよかった。愛した男からの気遣い。皮肉にも、機嫌の良さがより戦いを望むものとなる。
「さあ、一体どなたがわたくしの相手をして頂けるのでしょう?全員でも構いませんが」
ムチを腰から取り出すと、艶やかに舌を出して唇を舐める。
なんなら全員でかかってもいいのだが、時間が無い。
そんなことを考えていると、
「私が相手をする」
シトリーが言い出した。
「シトリー!何言って………」
「私だって役に立ちたい。そうするれば、きっとクダイの気持ちもわかると思うから」
「そんなこと気にするなよ!もう怒ってないから!」
クダイの心配にシトリーは首を横に振り、
「これは私自身の問題だから。お願い」
決意は固く、揺るぎそうにもない。
クダイはシャクスとオルマに止めて欲しそうに顔を見たが、二人共困惑しているようだった。
シトリーは頭数には入れてなかったし、戦えるだけのスキルがあるとは思えない。まして相手は女と言えど四天王。
誰もが無理だと思っていると、
「わだすも及ばずながら手を貸すべ」
カカベルが言った。
「カカベルまで………無理だよ!シャクス!オルマ!何とか言ってよ!」
「クダイさ、わだすはあの教会で“テンス”様に会った時、生きるの誓っただ。何があっても、生きて生き抜くと。だからわだすは戦う!クダイさ達は先に行っててけろ。シトリーさと二人なら何とかなるべ!」
その言葉にシトリーは勇気づけられ、
「うん。シスターと一緒なら!」
もう何を言っても無駄だろう。
だからケファノスも決心したのだ。
「クダイ、余もここに残る。だからお前達は安心して先を急げ。ただし、余の魔力はもって夜明けまで。頼んだぞ」
今のケファノスは戦力外だ。とても頼りになるとは思えなかったが、
「わかった。二人のことはお前に任せる」
シャクスはそれを認めた。
「クダイ、オルマ。ケファノスを信じて俺達は先に行くぞ」
「で、でも………」
納得しないクダイに、
「信じましょ。きっと大丈夫だから」
オルマが説得した。
クダイはシトリーを見て、
「死ぬなよ」
「うん」
そう伝えると、シャクス達と次を目指した。
「わたくしも甘く見られたものですわね。小娘二人と人形なんかを置いてかれるなんて。嘆かわしい」
「小娘と思って侮ると、痛い目を見るんだからね!」
シトリーは被っていたフードを外すと、尖んがった耳がピョンと現れた。
「エルフ………これは驚きましたわ。よもやエルフの小娘が人間と行動を共にしてるだなんて」
「私はエルフ族次期王位継承者シトリー・グランメッド!サン・ジェルマンに荷担し、世界を脅かす者達を成敗します!」
「あらあら。何を気取ってるのかわたくしには存じませんが………いいでしょう。エルフの王女様に、戯れが過ぎるとどういうことになるのか、きっちりとお教えして差し上げますわ」
恐怖?もちろんある。それでもシトリーが戦う道を選んだのは、やはりシメリーと同じ気持ちだから。
誰かに守られ続けるのではなく、自分の道を自分の足と責任で歩きたい。そうでなければエルフの国を出た意味がない。
そして、命を賭けて戦う仲間への想いと、クダイへの熱く淡い想い。自分の中にあるものを、もっと確かなものとする為。その為に少女は戦う。