第五十三章 輪廻の塔 〜中編〜
巨大槍が召喚され、それが魔族の群れに落ちるのを見て、戦いの鐘が鳴ったことを確認した。
「思ったより早かったな」
黒仮面は左手を腰に宛て、これから始まる戦いに陶酔しつつあった。
「それにしても、槍を召喚するとは」
サン・ジェルマンもこればかりは予想外だった。
空に現れた槍。その威力は讃えるに申し分なく、敵ながら見事と言える。
「あれは魔槍グランドクロス。我ら今の四天王の前に、ケファノス様に仕えていた四天王の忘れ形見。召喚魔法には見えるが、あれはあれで立派な武器よ」
不可思議に思える現象を、アスペルギルスが説明した。
ヨウヘイ、エンテロ、セルビシエも、塔の入口で目の当たりにしたクダイ側の力。胸が躍る。
「召喚魔法だろうとなんだろうと、あんなのどうやって防ぐんだ?」
いつも勇ましいヨウヘイが不安色を覗かせると、
「防ぐ術など無い。魔槍グランドクロスは巨人王ベオの槍。時間構築魔法具を作った者の槍だ。その力は世界崩壊剣、バランスブレーカーに匹敵する。例え何があっても防ぐことは叶わぬ」
アスペルギルスがそう話した。
「それじゃ………負けるじゃねーか」
「心配無用だ、ヨウヘイ。あれは大量の魔力が必要だ。一度使えば、二度目の発動までは数時間はありえない」
エンテロがそう補足した。
「ところで」
横目でサン・ジェルマンは黒仮面を見ると、
「不死鳥は来るのか?」
肝心なところだ。確証は黒仮面だけが知っている。
「フッ………来るさ」
「ハッタリだったらどうなるかわかってんだろうな?」
ここぞとばかりにヨウヘイが噛み付いたが、
「貴様ッ!黒仮面様に対してなんと無礼なっ!」
聞き捨てならなかったのはセルビシエ。ムチをパシンッと鳴らした。
いかなる理由があろうと、黒仮面への暴言は許せない。
そんなセルビシエの愛情を察し、
「感じるんだ。熱い生命の波動を」
冷静にものを言う。
「まるで、不死鳥がタイミングを計ってるような言い方をするんだな」
気持ちの上ではヨウヘイに味方したいと、エンテロが追撃する。
「そういう奴なんだよ………あいつは」
黒仮面はそれ以上は何も言うつもりはなかった。
後少しすればわかること。
なぜか黒仮面は不死鳥を信じている。その場の誰もが違和感と不信感を抱かずにはいられなかった。セルビシエを除いては。
「では行こうか。ここは黒仮面を信じるしかあるまい」
サン・ジェルマンが塔の中へと入って行く。
「ま、待てよ!」
ヨウヘイが入り、
「俺“達”も行くぞ。セルビシエ」
思いがけない言葉を黒仮面が口にすると、
「く………黒仮面様……!」
夢でも見てるように虚ろな瞳になったセルビシエは、
「お、お供致します!」
黒仮面と共にした。
「ケッ。やっぱりいけ好かねー男だぜ。不死鳥のことも嫌味なくらい詳しいし、ありゃ、何か隠してるな。まあいい、いつか絶対ぶっ殺してやる」
「そう熱くなるな。将軍が復活するまでは、行動は控え目にしろ」
「だけどよ、アスペルギルス。セルビシエの奴が将軍のことを、黒仮面に話してるかもしれねーだろ。そしたら、必然的にサン・ジェルマンの耳にも入るんじゃねーのか?」
「知ろうと知るまいと、将軍が目覚めるのを止めることは出来ん。要らぬ心配をするな」
「わーったよ」
策があるのだろうから、これ以上何かを言うつもりはなく、
「なら俺は先に行くからな。不死鳥も見てみたいし」
「我も行こう」
十万を超えるの部下は捨て駒。それだけいればあっさり倒せると思ったのだが、甘かった。
しかし勝算はある。恥を承知で、今はサン・ジェルマンと黒仮面に頼るしかない。そうすれば、負けるという未来は見えて来ない。
アスペルギルスは割り切りのいい男だ。目的を達成する為に、手段を選ばないのではなく、最低限のプライドを捨てることで確実な道を選ぶのだ。もっとも、微妙なラインであることは否定出来ないが。
何かを得る為に何かを犠牲にする。それが出来るのと出来ないのでは、いつか差は出る。
アスペルギルスのしたたかな忍耐が勝つか、クダイ達の勇気が勝つか………全ては始まったばかり。