第五十一章 魔王が見る光
「みんな無事でよかったよ」
クダイはダンタリオン、シャクス、オルマ、カイムを労った。
「カイム様、お帰りなさい」
何年も離れ離れになっていたような口調でシメリーは言った。
「ただいま、シメリー」
ダンタリオンを見習ったように、カイムはにんまりとした。
「しかしあなたも人が悪い。武器を手に入れるにしては、少々心臓に悪かったですねぇ」
そのダンタリオンが、ケファノスにクレームをつけると、
「全くだ。頭がおかしくなったかと思ったぜ」
カイムもうんうんと頷いて支持した。
他の三人に何が起きていたかは知らないが、おそらく同じことが起きていたに違いない。そんな気がしていた。
「ま、その甲斐あってこんな凄いもの手に入ったんだから、結果オーライじゃない?」
オルマは飴色の鞘から童子切りを抜いて、刃を陽に当てる。
言うまでもなく残酷なまでに美しく輝く。
武器職人の中で、剣を造る者だけが時に魅せられ、狂気する。その理由がわかるような感覚が、オルマの中にはあった。
「魔力を秘めた武器というのは、力が強い分扱える者が限られる。魔力に負けないだけの心がなければ、魔力に呑み込まれ、自我を崩壊させてしまう」
「だが、手に入れればとてつもない力を得たのと同じこと。それに、心が研ぎ澄まされたようだ」
ケファノスが言い、シャクスが言った。
「でも、ダンタリオンのだけ反則だろ」
カイムは、ダンタリオンが一度だけ使った魔槍グランドクロスを思い出した。
あれを果たして武器と呼んでもいいものか。
「本来、賢者は前線で戦うものではありません。騎士達を援護するのが役目。それを考えれば、私にはお似合いの武器だと思いますよ?」
と、ダンタリオンは自分を援護した。
「羨ましいな」
すると、クダイがポツリと呟いた。
「何が羨ましいの?」
俯き、表情を曇らせたクダイを、シトリーが案じる。
些細なことでも、自分の知らないクダイは認めたくないのだ。
「だって………みんなは武器の力に見合った実力がある。だけど僕には、ジャスティスソードや無眼の構えがあっても、いつも中途半端に終わる。情けないよ」
「そったらことねーべ。クダイさは立派だべ。それが証拠に、二人の危機を伝えた時、一目散に飛んでったべ」
カカベルは気を遣ったわけではなく、本当にそう思っていた。
「クダイは十分に強いよ!エンテロだって認めてたじゃない!」
シトリーが慰めるが、それは今のクダイには酷過ぎる。
「そういうことじゃ………ないんだよ」
だから、つい素直にありがとうと言えない。
「元気出して、クダイ!」
「元気だよ。僕は」
「だって顔暗いよ」
「どうせ僕は暗い顔してるよ」
「なんでそんな言い方するの!」
「別に。普通だけど」
「普通じゃない!」
「うるさいな!ほっといてくれよ!」
「…………もういい!クダイなんて大嫌いっ!!」
シトリーは走ってその場からいなくなった。
カカベルは、なんで喧嘩になったのかいまいちわかってないようだった。
誰かこうなる前に止めるべきじゃなかったのか………と、“大人組”は声には出さなかったが、責任を感じていた。
「クダイ、お前は剣を持って日が浅い。それでも、あそこまでやれたんだ、才能はある。無眼の構えやジャスティスソードを使える才能ではなく、努力する才能だ。現に、四天王のエンテロはお前のことも覚えておくと言っていた」
シャクスは騎士だからこそわかる。クダイは剣の才能もある。
ただ、それを言わず別の褒め方をしたのは、クダイのこれからを考えてのこと。
もちろん、努力する才能もある。
どんな才能も、最後に優劣をつけるのは努力の数だ。それをクダイには忘れないで欲しかった。
「気ぃ使わなくていいよ」
クダイは腰を下ろしていた岩から立ち上がると、シトリーとは逆の方へ歩いて行った。
「反抗期………ってことはないよな?」
「ほっときな。子供なだけだよ」
カイムにオルマは言い聞かせた。
「だが、わからないでもない。俺だって、兄のように強くなりたくてもがいたこともある。それがあったからこそ、今の俺があるんだ。あいつも、自分の未熟さにもがいて、はい上がるしかないんだ」
シャクスは、スカイカリバーを手に入れる時現れた兄を思い出す。
よかったのだと思う。ずっともがきっぱなしだったから。ようやく自分を取り戻せた気がしていた。
「何かありました?」
と、ダンタリオンが唐突に聞いて来る。
「どういう意味だ?」
「いえ、随分機嫌が良さそうなので」
にっこりするダンタリオン。シャクスは、自分がまさか同じような顔をしてはいまいかと、“敢えて”眉間にシワを寄せてそっぽ向いた。
「ダンタリオン達も無事戻って来たことだし、いよいよ行くだな?その………ネンネの塔に」
「輪廻の塔」
カカベルの間違いを、シメリーが溜め息混じりに訂正する。
「アスペルギルス達がここに来たということは、まだサン・ジェルマン達は輪廻の塔へは行っていないということだろう。だが、今回の件で間違いなく奴らは輪廻の塔へ向かうはず。時間が無い」
ケファノスは緊張感を漂わせる言い方をした。
「いよいよだな」
カイムは指を鳴らした。
「輪廻の塔に不死鳥が現れるかどうか………楽しみだ」
オルマは童子切りを鞘に収め、空を見上げた。
「サン・ジェルマン………奴さえ倒せば全て終わる」
シャクスが目的を確認するように呟き、
「それにはケファノスの力が必要です。不死鳥には何があっても現れてもらわねば」
ダンタリオンもそう呟いた。
「なんかドキドキして来ちゃった」
シメリーは深呼吸をし、
「わ、わだすもだ」
カカベルも高鳴る心臓の音を必死に抑えていた。
「輪廻の塔………か」
そこへ行けば全てカタがつく。そうはケファノスには思えなかった。
ここまでの道のり。甘くはなかったが、決して厳しくもなかった。
シャクスやオルマ達に加え、カイム達が味方となり、彼らの実力は四天王に劣らない。
そう考えると、今までが都合良すぎたような気がした。
世界や人生がそうであるように、運にもバランスがある。良すぎた反動が不安になる。
(余がこんなにも臆病だったとは………)
初めて知る自分の一面。だが、もう後戻りは出来ない。
魔王がその目に見るものは、希望と呼ぶに相応しい光達。