第五十章 遠く離れた世界から
「せいやぁぁぁぁぁぁっ!!」
果敢にアスペルギルスに挑む。
オルマはアスペルギルスの魔法をかわし、受け、裂き、戦の女神のように華麗だった。
「おのれ女め!調子に乗りおって!!」
予想外の強さを見せるオルマに、アスペルギルスは主導権を握られてしまう。
「もう泣き言かい?てんで話にならないねぇ。魔王様に笑われるわよ?」
「黙れっ!ケファノス様は既に魔族の王ではない!」
「だってさ、ケファノス」
傍らで聞いていたケファノスは、
「いいから早く片付けろ」
そう言うだけだった。
「じゃあ、遠慮なく!」
カッと目を見開き、童子切りで斬りかかる。
だが、アスペルギルスとて魔族を代表する四天王。そうそうやられっぱなしとはいかない。
調子に乗るオルマの隙を伺う。
「喰らえっ!アスペルギルス!!」
その時は早々訪れ、勝てると睨んだオルマが踏み込んで来る。
「愚か者!」
振り下ろされた童子切りをやり過ごし、そのまま腹を狙う。
体力に余裕がある一撃だ、決まれば生身の人間であるオルマはひとたまりもない。
着実に見定め、誤差修正のいらないヒッティング。
「………か………はっ……」
白目を剥く寸前で前のめりに倒れる。
「見くびったとはいえ、中々の戦士であることに違いはないか」
アスペルギルスは立ち上がれないオルマの背中に足を乗せ、
「だが我は魔族四天王の一人、火のアスペルギルス。人間風情に倒せると思ったか!」
そうは言ったが、シュードモナスのあまりない無様な醜態。人間が調子に乗るのもわからないでもないと、勝手な解釈をした。
「さて、ケファノス様。貴方様のお仲間、消しても文句はありませんでしょうな」
ケファノスがどう出るか。試している。
「………殺ればいい」
「くっくっ。これは冷たい。戦いを出来ない貴方様に代わって戦う者を、そう冷たくするものではありませんぞ」
「アスペルギルス、これだけは言っておく。オルマも、その他の者も、余に代わって戦ってるわけではない。各々が自分の為に、そして世界の為に戦っているのだ」
「くっくっくっ。笑わせる。魔王様の言葉とは思えませぬな。まるで世界の平和を望んでるように聞こえますぞ」
「もとより余は人間と戦争をするつもりなどない」
「バカな。我々は全て貴方様の意志で動いて来た!ではあれは一体なんだったと言うのだ!」
「主の真意を読めなかった貴様らの過ちだろう」
「ふざけたことを!」
「時にアスペルギルス。オルマを殺るのなら早くした方がいい」
「何っ?」
怒りに我を忘れていたが、ふと後ろを見ると、
「その足をどけろ」
「あなたに勝ち目はありませんよ」
カイムは矢をつがえ、ダンタリオンは魔法を両手に準備している。
率いた大群の魔族は既に亡きがらとなっていた。
「役立たずどもめ!」
「その言葉、そのままそっくり貴様に返してやる」
ケファノスがアスペルギルスに近づいて来た。
「ぐっ………」
アフロヘアの天使のマスコットは、とても愛らしい笑顔でいる。それなのに、のけ反りそうな重圧を放っている。
それは魔王ケファノスが健在、存在であることを語っているようだ。
「うっ………」
気を失っていたオルマが目を覚まし、
「だ………誰に足乗せてんだよ!」
ぐっと腕に力を入れ、アスペルギルスの足を振りほどく。
とてもじゃないが、足蹴にされたままは死ねたもんじゃない。
「クソッ……」
アスペルギルスは姿を元に戻すと空へ上がり、
「覚えていろ!次は必ず決着をつける!!」
退散して行った。
「何言ってんだあいつ?勝手に逃げてったくせに」
カイムの言うことはすこぶる正しく、ダンタリオンもいつものスマイルを苦笑いに変えていた。
シャクスとエンテロの戦いは互角だった。
竜人となったエンテロの動きを確実に読むシャクスは、一見攻撃が出来ないように見えるが、実はスカイカリバーが竜人の肉体に効くかを、小さな傷をつけて試していた。
「やるな!名を聞こう!」
カンに障ると思ったが、強い奴は嫌いじゃない。エンテロは鉾を構えたまま言った。
「俺はシャクス。聖騎士シャクスだ」
「聖騎士か………どうりで………」
強いわけだ。そして、クダイが騎士の剣術を使うわけも納得がいく。
「俺は……」
自身も名前を言いかけた時、
「エンテロ!退却だ!」
アスペルギルスが現れた。
もちろん、それは良くないことの証であり、
「チッ………」
舌打ちで了解するしかなかった。
「聖騎士シャクス、俺はエンテロ。四天王の一人、土のエンテロだ。覚えておいてくれ」
そしてクダイを見て、
「お前もだ、クダイ。お前らは俺の獲物!今度会う時まで、せいぜい腕を上げておけ!」
退却して行った。
「竜人か………厄介な生き物を飼ってたもんだな、ケファノスも」
スカイカリバーを鞘に収め、
「今度会う時は貴様の最後だ」
ジャスティスソードでさえ傷を負わせられなかった竜人の肉体。スカイカリバーの刃には血が付着していた。
戦士が鞘に赤い刃の剣をしまうと、
「行っちゃうの?」
少年にそう問われた。
「ああ。やらなきゃいけないことがあるんだ」
戦士の鎧は赤く。その“中”で炎が揺らめいている。
高貴でとても鮮烈な鎧。
鞘が右腰にあることから、左利きであると伺える。
「そっかぁ。つまんないなぁ」
口を尖らせ別れを惜しむ少年に、
「そう言うなよ。どんなに離れてても、相手を想いやればどこに居たって一緒だよ」
頭を撫でてやる。
「せめて、みんなにお別れくらい言ってけばいいのに」
「……………。」
もう二度とは会えない。それをわかっているからひっそりと旅立つのだ。
少年にさえ見つからなければ、それが出来たのだが。
「みんなにはお前からよろしく言っといてくれ」
朝焼けの空が眩しい。
「僕も勇者様みたいに強くなれる?」
「なれるさ。誰かを守りたいという強い想いと、正義の使い方さえ間違わなければ」
「うん。僕頑張る!」
少年の言葉を聞き届けると、戦士は六枚の炎翼を広げる。
「じゃあな」
素っ気ない言い方をしたが、別れが惜しいから。
戦士は朝焼けの空へと飛び立つ。
「ばいば〜い!勇者様ぁ〜!」
空間に歪みが生じ、戦士が消えると、後には波紋が広がった。
追うべき者を追って、戦士は次の世界へと旅立った。