第四十八章 愛の魔族、セルビシエ
「黒仮面様」
白い肌に水色の髪。それに似合わない黒いドレス。女は少しでも気に入ってもらおうと、黒仮面のパーソナルカラーでもある“黒”を纏うのだ。
黒仮面いわく、纏っているのは“闇”なのだそうだが。
「水のセルビシエか」
魔王城の地上階層から、遠くを眺めていた視線を、セルビシエへと向けた。
「はい」
「アスペルギルスやエンテロと、ケファノスの宝とやらを探しに行ったんじゃなかったのか?」
「わたくしは今回は遠慮させていただきました」
近寄りたくとも近寄れない距離に、魔族の乙女は切なかった。
「そうか。で、俺に何か用か?」
「……………。」
「どうした?」
この想いが届かないのがもどかしい。
だが、傍に置いてもらえるのならそれでよかった。
まだ成就はしてないが。
「サン・ジェルマンはどこに?」
「サン・ジェルマンなら時間構築魔法具を見つけたとかで、魔族を率いてお出かけ中だ」
茶目っ気を出した言い方で、口をニヤッとする。
セルビシエが惹かれる要因の一つだ。
素顔を知らないのにだ。
「一緒に行かれなかったのですね」
一歩だけ歩み出る。小さな一歩。それでも、黒仮面に近づけるのなら満足なのだ。
「俺はサン・ジェルマンの“客”でしかない。奴のやることを見守るだけだ」
「では何もしないと?」
「フッ。まあ、たまに気まぐれになるかもしれん。その時にならんとなんとも………な」
「もし、何かある時は、わたくしを遠慮なくお使い下さい。黒仮面様の為なら、このセルビシエ、命を賭すことを嫌いません」
素直に想いを伝えられない。故に、例え奴隷のような扱いでも、使って欲しいと思ってしまう。
「俺はお前の主ではない。そんなこと出来るわけもなかろう」
「いいえ!今の魔族に主はいません!ですから、どうかそのようなことは………」
「………わかった。気持ちはありがたく貰っておく。だが、命を捨てようなどとは考えるな。自分を大切に出来ない者は………俺の部下にはいらん」
魔族であるセルビシエにとって、その言葉は嬉しいものだった。
しかし、遠く……遥か時空の彼方を見る眼差し、そこに自分はいない。
だからこそ、胸中は命を賭けると決意する。そんな不器用な生き方しか出来ない女なのだ。
「ありがたき幸せ」
主でなくとも忠誠を尽くしたくなる。そんな雰囲気が黒仮面にはある。
「………一つ……聞いてもよろしいでしょうか」
「二つ目……だろ?」
どこまでも遊ばれてしまう。迂闊にも、それが心地よかったりもする。
「二つ目………かまいませんか?」
「言ってみろ」
「では」
セルビシエは一呼吸置いてから、
「黒仮面様は一体、何の目的でこの世界にいらしたのです?」
「サン・ジェルマンの行く末を見守る為だ。そう言っただろ」
「それは嘘でございますわ。貴方様ほどのお方が、静観だけを目的としてるとは思えません。お聞かせ頂けませんでしょうか?」
セルビシエの目論みは明らかで、黒仮面に目的があるのなら、影でそれを支えたい。
「フッ………フフ………」
「な、何がおかしいのですか!?」
「いや………幸せ者だよ、俺は」
「か、からかわないで下さい!わたくしは真剣に……!!」
そっと伸ばした手が、セルビシエを引き寄せる。
「く……黒仮面様……」
「そう焦るな。そこまでして俺に尽くしたいのなら、活躍の場を設けてやる。だから今は待つんだ」
きっと、黒仮面は“誰か”を思い出したのだろう。そう感じた。
でもそれでいい。尊くありたい。
今この時は永遠なのだから。