第四十七章 勇者の称号
「負ける気がしない……だと?」
致命傷は避けられたが、そんなことはどうでもよかった。
それよりも、今のクダイの状態だ。視界を奪われながら、理解不能の動き。
久しい恐怖に、エンテロは我を忘れそうになるのを堪えていた。
「そうだ。聞いたことくらいあるんだろ?無眼の構えって」
「無眼の構え………夢物語のふざけた技だとばかり思っていたが………まさか使える奴がいたとはな」
「ジャスティスソードと無眼の構えがある限り、僕は誰にも負けない」
満ちた自信に気圧され、エンテロの恐怖感はさらなる高台へ昇る。
「たしいた自信だぜ。ならこっちも本気でいかせてもらう」
鉾を地面に刺し、柄を握り、
「宿れ!竜の力よ!大地の竜!!」
エンテロから広がる魔法陣が大地を震わせる。彼の身体に回路のようなものが緑で鮮明に描かれると、すぐに肉体に変化が現れ、その姿を竜人へと変化させた。
視認は出来ないが、有り余る力をクダイは感じた。
「無眼の構えがいかなるものかは知らねーけど、勝利の絶対値を求めるものではないはずだ。だが竜の力は違う。鋼の鱗と鋼の牙。魔力の大半を使う為、大掛かりな魔法は使えなくなるが、その攻撃と防御は人であるお前には超えられん!」
「やってみればわかる!」
土色の竜人が何を言おうと、漲る自信でその言葉が耳に留まることはない。
「その生意気な鼻っ柱、へし折ってやる!」
エンテロは全身の筋肉に力を入れると、クダイに向かって突進した。
「余の宝を盗もうとは、見上げた根性だ」
アスペルギルスを前に、ケファノスは言った。
小さなケファノスの身体は、うっかりしてれば見落とすくらいで、存在感のアピールがなければ知らずに通り過ぎてたかもしれない。
「かつて我々の前に貴方に仕えていた四天王の形見。ならばそれは我々が使うべきもの。違いますかな?」
今ならケファノスを仕留めるに労を要しない。後ろにはざっと見て五百の大群。
アスペルギルスは勝ちを確信していた。
「だそうだ。どうする?」
誰かにケファノスは叫んだ。その直後、火球が降り注ぎ魔族の群れに襲い掛かる。
「な、何奴!?」
見上げたアスペルギルスの視界の先に、
「どうするもこうするも、これは俺達のモンだからなぁ」
赤く輝く弓を構え、カイムがいた。
「欲しけりゃ、力ずくで奪うってのがセオリーじゃない?」
オルマが現れ、手には童子切りが映えている。
「また数に頼るのか。シュードモナスと変わらんな」
呆れたようにシャクスが言い、スカイカリバーを肩に担ぐ。
「剣の切れ味を見るには最適なのでは?」
その隣にダンタリオンが………特に何かを持ってはいない。
それに気付いたシャクスが、
「お前、どうしたんだ?」
「何がです?」
「今更気がついたが、手ぶらってことはないだろ」
「ああ……」
言わんとしてることを把握すると、
「私のはこれです」
ダンタリオンが右手を翳すと、はるか上空に暗雲が渦を巻き、中心から、有に十メートルはある巨大な青い光が現れる。
その形から推察するに、それは槍であることは間違いなかった。
「魔槍グランドクロス」
いつもの微笑みが、気持ち自慢げに見えた。
「お前に似合って、目立ちたがりのようだな」
皮肉ったつもりだが、ダンタリオンにしてみれば褒め言葉でしかない。というより、何となく、本当に何となくなのだが、どこか不公平感が否めない自分がいる。スカイカリバーも結構な実力はあるのだとは思うが。
「ケファノス、クダイはどうした?」
あまり考えてると、ダンタリオンに殺意すら抱きそうなシャクスは、“弟”が気になるのか、少し強い口調で言った。
「一人でシトリーとシメリーを助けに行った。おそらくはアスペルギルス以外の四天王も………」
いつにない歯切れの悪さだったが、それを聞けば取る行動は一つ。
「なら俺はクダイのところへ行く。ダンタリオン、オルマ、ここは頼んだぞ」
そして高台のカイムに、
「カイム!道を作ってくれ!」
叫ぶ。
「お安い御用だ!」
カイムは弦を引く。翼のある炎の矢が現れ、つがえた。
「走れ!シャクス!!」
同時に放った矢は、当然シャクスの速さより速く、魔族の大群を二つに割った。
「行かせるかっ!」
咄嗟に、アスペルギルスが魔法でシャクスの背後を狙おうとするも、
「アンタの相手はあたしだよ!」
オルマに邪魔される。
「なら私は“これ”を降ろさせてもらいましょう」
カイムの援護をする為に、魔槍グランドクロスを魔族の群れに降ろす。
駆け抜けるシャクスを阻もうとしていた者達が一転、頭上から降り注ぐ炎の矢と、巨大な光の槍に混乱する。
「ええいっ!うろたえるなっ!」
そう言ったアスペルギルスの言葉に従えるわけがない。なぜなら、矢はまだしも、グランドクロスだけは防ぎようがない。つまり死神に憑かれたも同然なのだから。
「使えない奴らめ!」
「使えない部下を持つと大変だこと。ねぇ、ケファノス?」
オルマの言葉に、いちいちケファノスが答えることはなく、やがて激しい光と大振動、爆音と共に魔族の群れは、半分以上が肉片残らずこの世から消え失せた。
「ではオルマ、アスペルギルスは任せました。私は残党退治をしてきます」
「早く行きな」
ダンタリオンはグランドクロスを発動することなく、得意の魔法で残党退治に勤しむことに決めた。
そして、
「さあてと、始めましょうか」
ニヤリとオルマは笑った。
「女ぁっ………!」
アスペルギルスはマントを外し、
「後悔するぞ」
魔力を増幅させていく。
全身が炎に包まれ、それはアスペルギルスを本来あるべき姿へと変えてゆく。
「気をつけろ。オルマ。アスペルギルスはお前の首を本気で奪いに来る」
ケファノスが警告する。わかるのだ。一人では勝ち目のないアスペルギルスが、死ぬつもりはないまでも、せめて一人くらいは倒したいと思っていることを。
アスペルギルスを包んでいた炎は失せ、そこには紛れも無い魔族がいた。
「我にこの姿を使わせたのは、貴様が初めてだ」
太い尾が、蛇のような動きをしている。
赤い肉体に緑色の不気味な瞳。それがアスペルギルスの姿。
「あたしさぁ、いっつも思うんだけど、変身することで強くなるんなら、始めから変身してればいいのに」
それを世論に問えば、きっと支持はされるだろう。
ただ、某の理由は存在するのだろうが、所詮は他人事。
「うるさい女め!そのうるさい口から閉じてやるから覚悟しろっ!!」
体格的には断然劣るオルマだが、
「やれるもんならね!」
怯むことなく真っ向から向かって行く。
武器は戦人にとって、大切なパートナー。力だ。
新たな武器を手にした四人は、間違いなく自信に満ち溢れ、成長している。
比類無き勇気を持って。 今、彼らは勇者だった。