第四十六章 無眼の構え
「なあ、ケファノス」
クダイは岩に背を預けたまま、ケファノスを呼んだ。
「なんで危険を承知で武器を取らせに行かせたんだ。もし何かあったら………」
戦力の要となる四人だ。失うわけにはいかない。
「お前は信じてないのか、クダイ?」
ケファノスは静かに言った。
「余は信じている。あやつらなら、必ず武器を手にして戻って来ると」
「ケファノス………」
「絆とは………そういうものだろう?」
それを教えてくれたのは、お前達だと言わんばかりに聞こえた。
「し、信じてるよ!信じてるに決まってるじゃないか!」
起き上がって、なんだかよくわからない正当性をアピールした。
「人間とは不思議な生き物よ………志しが同じというだけで、命を賭けることに抵抗が無くなる。未熟な種族だが、こうして見ると繁栄した意味がよくわかる」
「でも人間は、人間同士で傷つけ合うよ」
「言っただろう、人間は未熟だと。だが皮肉にも、その未熟さが絆をより強固なものへとする」
「ふぅん」
難しいことはよくわからないが、ケファノスが言うのならそれはそういうことなのだろう。
そういうことにしておかないと、夜眠れなくなる。
「た、大変だべ!クダイさ!ケファノスさ!」
観念的な話をしていると、田舎娘カカベルがなにやら走ってこちらに来た。
「どうしたの、カカベル?」
「あ、あっちさ………」
クダイは黙って水筒を差し出すと、カカベルは引ったくるように手に取り一気に飲み干した。
「ぷはー………」
残さなければオルマに怒られる………言う間もなかった。
「飲んじゃった………」
クダイは空になった水筒を覗き込んだ。
もちろん何も無い。
「全く、僕がオルマに怒られるのに………」
口を尖んがらせて文句をつけてやったが、
「ク、クダイさ!!」
聞いておらず、クダイに詰め寄り、
「な、なんだよ!」
「ま、ま、魔族が攻めて来たべ!!」
「なんだって!?」
「大群で………と、とにかくシトリーとシメリーが……危ねだ!!」
最後の情報が耳に入ると、クダイはカカベルを押しのけて二人の元へ急いだ。
「クダイさーーっ!!」
見る見る小さくなる背中に、
「行っちまったべ………」
呆然としていると、
「シスター、間違いないのか?」
ケファノスに念を圧された。
「わ、わだすは嘘は言わね!ってか疑ってるのけ!?だとしたら心外だべ!」
「………そうか」
魔族が大群で攻めて来ている。ケファノスが思うのは、なぜそれに気付けなかったのか。
「シスター、お前はここに残りダンタリオン達を待て」
「え……?お、おめさんはどーするだ?」
「クダイを一人には出来ん」
言い残してクダイを追う。
「ちょ………ケファノスーー!」
「エルフが二人………なぜこんな場所に?」
アスペルギルスが怯えるシトリーとシメリーに触れようとすると、周りにいた魔族達が衝撃波で吹き飛ばされた。
「何事だ!!」
気を取られた刹那、
「シトリーとシメリーに手を出すなっ!!」
崖の上からクダイが飛び降りて来た。
「貴様ッ……!なんでここに!?」
「久しぶりだな、アスペルギルス!!」
生意気にも敵に挨拶する余裕を見せた。
ジャスティスソードを見たアスペルギルスは、警戒してか二、三歩下がる。
「どうしたアスペルギルス」
アスペルギルスの後ろにひしめく魔族の群れが二つに割れ、髪をツンツンと立たせ、赤いバンダナをした男が現れた。
「エンテロ」
そう呼ばれた男は、大きな鉾をドスンと下ろし、
「ほう………ひょっとしてコイツがジャスティスソードの災いを受けない少年か?」
エンテロは興味深げにクダイを見る。
「俺は四天王の一人、土のエンテロだ」
「四天王………」
アスペルギルスのような殺気は感じないが、どこか薄気味悪い。
「なあ、俺にやらせてくれよ。いいだろ、アスペルギルス?」
「………いいだろう」
「ありがとさん」
アスペルギルスはエンテロにこの場を任せ、
「では我は先に行く」
大群の部下達を引き連れ、ベオの亡きがらの方向へと移動をして行く。
「まさか………!」
「な〜んだ、お前もケファノス様の遺品を探しに来たのか」
「ケファノスはまだ死んでないっ!」
「冗談だよ」
全く性質は違うのだろうが、どこかダンタリオンと被る調子の良さだ。
「二人共下がってて」
クダイに言われ、シトリーとシメリーは岩陰に隠れる。
「クダイ………」
「心配しなくていいよ、シトリー。すぐに終わるから」
ジャスティスソードを構える。
−キィィィィィン−
甲高い音が鳴り、それが戦いの合図となる。
「いいねぇ。自信満々ってのはいいことだ」
やけにデカい鉾を、エンテロは軽々と片手で振り回し、
「名前だけ聞いておこう」
「クダイ。僕の名前は、桐山クダイだ!」
先手必勝。先に仕掛ける。
「クダイか。勝利への貪欲さ………気に入った!存分に楽しませてもらうぜ!!」
エンテロは、遠心力を惜しみなく利用して鉾を振り回す。その度に暴風が吹き荒れ、クダイの行く手を遮る。
「くそっ……負けてたまるか!」
正面がダメなら右へ、右がダメなら左へ回り込む。
「ほらっ!ほらあっ!!近づかなきゃ俺は倒せないぜぇ!!」
暴風はやがて絡み合い、竜巻へと変化し、
「受け止めて見ろ!クラッシュ・トルネード!!」
クダイへまっしぐらに向かって来る。
「こんなもの!!」
臆することなくジャスティスソードで切り裂いた。が、飛び散る砂埃が視界を奪った。
「ぐあ………目が………」
「フハハハ!中途半端に剣で払うからそうなるんだ………よ!」
鉾を叩き下ろすと、衝撃波が真っ二つに地面を裂いてクダイを傷つける。
胸のプレートがあっさりと破壊され、血が飛ぶ。
深手ではないが、慣れない激痛に怯む。
「なんだよ、こんなんじゃイグノアの方が強かったじゃないか」
伝説の剣を持ってるというだけで、勝手に実力まで計られてはたまらない。
近づこうとしたエンテロは、ダメージにうろたえるクダイを包む光を見た。
光は見る見る傷を塞いで、痛みさえも取り去った。
「治癒魔法………」
エンテロは隠れてるシトリーとシメリーを見て、
「な〜るほど。ちゃんと役割はあるわけか」
抜群のタイミングで魔法を放った二人に感心した。
「いい子ちゃん達だな。だけど、治癒魔法じゃ砂の入った視界までは回復出来ない。残念でした」
視界の見えないクダイは、方向までも失っている。唯一わかるのは地面だけ。そう思い込むエンテロは、視界を失ってからがクダイの真骨頂であることを知らない。
無眼の構え。
クダイからは、はっきりと認識出来ている。
クラッシュ・トルネードを受け、身体の方向は逆になった。
つまり、今エンテロは後ろにいる。ゆっくりと歩いてくる“光”。
クダイは更に集中して、自分の取るべき行動を見ようとする。
光の軌跡は、油断しきっているエンテロへの一撃を描き出す。
「クダイ!!」
シトリーは危険を知らせ、炎の魔法をエンテロに放つが、片手で消されてしまう。
「治癒魔法は見事だったが、四元素魔法はからっきしだな」
エンテロは鉾を構え、後ろ向きにしゃがむクダイの背中に狙いを定めた時、腹部から胸にかけてひんやりとした感触があった。
「………な?」
それがなんであるか知った時、エンテロにとっては初めての恐怖だった。
血が流れている。ジャスティスソードがつけた傷。
前を向いた時、そこには目を閉じたままのクダイがいた。
「視界を奪ったところで僕にはなんの不都合もない」
“その”クダイは、ダンタリオン達を救出に向かうあの日、カカベルに冷たくしていたクダイだった。
「バカな……………」
振り向き様に振り抜かれたジャスティスソード。エンテロにはそれがわからなかった。
ゆっくりと近づくのは、今度はクダイの方だった。
「僕にはお前が見える。そして、いつどこをどう攻撃すればいいのかもわかる」
「く………くそったれーーッ!!!」
破れかぶれにエンテロは鉾を振るったが、まるで蜃気楼のように“そこ”にはいない。
気付いた時には、クダイに背後を取られ、背中までも傷つけられる。
「ぐあ……っ!い、いつの間に………」
無様にも片膝をついたエンテロに、クダイは静かに言った。
「今なら、負ける気がしない」