第四十三章 太陽の弓
ベオの頭骨へ侵入すると、そこは石碑が四つあった。
カイムは誘われるように石碑の一つの前に立ち、
『戸惑うは心
確固たる決意は炎の如く
我弾く力は太陽の力』
碑文を読み上げた。
「なんだこりゃ?」
意味を考えてみるが、解るようで解らない。
こう言った類の文章だ、意味があっても理解し難いのが道理なのだろう。
何か仕掛けでも無いか石碑に触れる。
感触はやはり石で、ごつごつしながら冷たい脈を打っているだけ。
「まいったな………どうすりゃいいんだ?」
一人ではお手上げだと感じ、
「なあダンタリオン、この石碑なんだ………けど?」
振り返ると、そこにはダンタリオンはおろかシャクスとオルマの姿も無かった。
「お………おい!どこに行ったんだ!?ダンタリオン!!シャクス!!オルマ!!」
「いねーよ」
暗がりから誰か来る。
「誰だ?」
「俺だよ」
それは男で、耳がつんと尖った人物。
「……………お前は……………………………」
「どうしたよ?何をそんなに驚いてるんだ?」
黒い髪、浅黒い肌。ダークグリーンの瞳。初めて会う人物なのに知っている。
「お…………俺?」
その人物はカイムに似ていた。
「そうだよ、俺はお前だ」
「バカな……俺は肌なんか黒くないし耳だって尖っていない!けどお前はどう見たってエルフじゃないか!」
「そんなことないさ。正確に言えば俺は、お前が純粋なエルフとして“生まれていれば”という“もしも”の存在。ダークエルフだよ」
「俺が………純粋なエルフだったら………だと?」
「今まで何度も思っただろう?“もしハーフエルフ”じゃなかったら………って。そう思うお前の心だよ俺は」
「き……消えろっ!!お前に用はないっ!俺はここに武器を手に入れる為に来たんだっ!!」
「毛嫌いするなよ。認めたくはないのはわかるが、醜い心も自分なんだからさ。それに、武器が欲しいなら俺を受け入れちゃえよ」
「受け入れる?お前を?」
「恨んで来たじゃないか、エルフを。人間の血が混ざっているという理由だけで迫害もされた。女王のアイニ様も、助けてくれたと思えば結局は犬扱い。迫害されてる分には喧嘩も売れたが、さすがに女王には逆らえないもんなあ。そんな生活、一体何年続けて来たよ?憎いと思っていいんだよ。それだけのことをあいつらはお前にしたんだから」
カイムの記憶に甦るのは、ダークエルフのカイムが言った迫害の記憶。
町も歩けず、雑草を食べて飢えを凌ぎ、孤独に苦しんだ。
アイニに言われて城に仕えたが、与えられる仕事は汚い仕事や危険な仕事ばかり。成功しても褒められることもなく、しくじれば罵られ。生きた心地など感じたことはなかった。
「そうだ………どいつもこいつも俺をバカにして、罵倒を浴びせて、虐待しやがった。俺は何も悪いことなんてしてないのにっ!!」
涙が流れた。それは悔し涙。
迫害を受けながらも、エルフという種族の為に働いて来た。
そう思うと、忘れていた………いや、抑えていたどす黒い感情が芽生える。
「そう、怒れ。恨め。憎め。差別と迫害の塊のような種族を!」
ダークエルフのカイムは勝ち誇り、
「さあ、俺とお前は一心同体。共にあらねばならん存在だ」
再び手を差し出す。カイムの目には救いの手に見える。苦しんだ自分を自分で抑えつけていた。だがそれも終わる。
見返す。蔑み罵ったエルフを。
カイムはダークエルフの自分の手を握った。
「それでいい。俺はお前の武器だ。存分に使え」
「そうする…………よ!!」
カイムは握った手を力いっぱい引き寄せ、肘を顔面に入れてやった。
「ぐあっ………うが………」
ダークエルフの鼻が折れ、浅黒い肌をヌルッとした血液が重力に逆らえず滴る。
「っつう………イテテ……」
結構な衝撃だった。カイムの肘がじんじんと痛む。でも爽快だった。普段ダンタリオンが見せる爽やかな笑顔など比べものにならないくらい。
「な………なぜ………なぜこんな真似を………」
鼻を抑えてカイムを睨む。
恨みや憎しみで染まったカイムの心が見えない。感じない。
「なぜ?決まってんじゃねーか、テメーがムカつくからだよ」
「お前の心は黒く染まったはずなのに…………なぜだ………」
一度黒く染まった心は、二度と元の形に戻ることはない。
それが心の摂理。
「俺はハーフエルフであることを誇りに思ってる。“なぜ”なら、エルフと人間の絆を取り持つことが出来るのは、両者の血を持つ俺しかいないからだ」
「だか恨んでいたはずだ!」
「恨んでなんかねーって。そりゃあ、なんで俺だけって考えたことがあるにはある。でもそのくらい誰でも考えるだろ。純粋な人間でもな」
カイムは堂々とダークエルフに近づいて、
「初めて城に行った日、俺はアイニ様の部屋に呼ばれた。二人だけのあの部屋で、アイニ様は傷だらけの俺を見てただ泣きながら抱きしめてくれた。母親の温もりを知らない俺には、かけがえなのない宝だ」
「だからどうしたって言う!!お前を犬同然に……!!」
「あの日から、俺はエルフの為に生きると誓った。死に場所はエルフの歴史の中に刻むと」
「なら………お望み通りにしてやる!!」
殴り掛かるダークエルフだったが、あっさり腕を取られ関節をキメられてしまう。
「うがっ………!!」
「エルフだったら………そんな風には思わない。ハーフエルフの俺にしか出来ないことがある。そう信じてるからな」
「ハーフエルフであることを、死ぬまで蔑まされることがお前の幸せなのか!」
「俺の幸せは………」
ぐっと力を入れる。皮膚の外に骨の軋む音がした。
「や……やめろ………!」
「俺が決める!!」
一気にダークエルフの腕に体重を乗せた瞬間、綿毛のような光が弾け、カイムの前に弓が現れた。
「これは………」
紅い弓。金で飾りが施され、青い弦が鮮烈な印象を与えた。
そして弓身には、
『サルンガ』
そう刻まれている。
「サルンガ………太陽の弓………それがお前の名前なんだな」
カイムは試しに弦を引くと、そこに矢が現れる。
「………そういう仕組みか」
矢には光の翼が生え、先端は炎が纏う。強い魔力が指を抜け全身に駆け巡った。
遠くどこまでも飛ばせる気がした。
カイムはより弦を引き、一気に矢を放つ。
矢は音速の速さで飛んで行くと、カイムを包んでいた闇を消し去った。