第四十一章 クリスチャニア
「ク〜ダイ」
小鳥のさえずりすら聞こえない荒野へと入り、一行の気分もどこと無くどんよりしている中、シトリーのクダイを呼ぶ声だけは明るかった。
「はい、お水」
「ありがとう、シトリー」
カカベルが持って来た水筒を、自分が用意したかのようにクダイに渡した。
「クダイ、全部は飲まないでよ。こんな場所じゃ水は貴重なんだから」
そんな二人に水を注したのは、必然的に“お局様”に昇格を余儀なくされたオルマだった。
特にクダイ個人に好意があるわけでもないのに、イラッとするのは嫉妬なのだろうか………若い子への。
「そんなことくらいわかってるよね?クダイ」
ああ………このパーティーの中で一番恐いのは多分オルマ。どうか怒りを煽る言動は天然であってもやめて欲しい。
「うん、わかってる」
「ウフッ」
国の束縛から自由を得たシトリーは、とにかくクダイを構っていたい。
「あ……あのねぇ………あたしはクダイに言ったの!」
「クダイのお世話は私がします。オルマは口を出さないで」
「く………こ、この……この………」
『クソガキ』とでも言ってやりたいのだが、『大人』のプライドが邪魔をする。
「なんとかならんか」
少し離れて見ていたシャクスがぼやいた。
「シトリーってあんなだったか?」
カイムがシメリーに聞く。
カイムの中のシトリーはおしとやかで知的なイメージ。だから不思議なのだ。
「あんなじゃなかったかなぁ〜………私にも……」
チラッとカイムの横顔を見る。
シトリーなんかよりもっと自分を見てほしい。
そんな愛らしい気持ちをほったらかすカイムに、シメリーは何も言えなかった。
向こうではシトリーとオルマが、何やら言い合いを始め賑やかを増す。
「緊張感というものを知らんのか……あいつらは」
根がまじめなシャクスには理解出来ないモチベーションだ。
「まあまあ。いいではありませんか」
そんなシャクスをダンタリオンは笑顔で応えた。
「そったらことより、どこさ向かってるだ?わだすはまだ何も聞いてねぇべ」
カカベルとしてはケファノスの監視が目的なので、一行が向かう先を知らない。
ケファノスの隠し武器を取りに行くことは確かだが、なにぶん「北に行け」としか指示されていないので、具体的にどこへ行くのかはダンタリオン達にもわからなかった。
「まだかかりますか?ケファノス」
食料の不安はカカベルのおかげで無くなったも、水だけは水筒五つ分。尽きる前には到達したい。
「ここからもう少し北へ行くとガムダン渓谷に出る。その深くに遺跡があるはずだ」
「そこに行けばお前の隠し武器があるんだな?」
間髪入れずシャクスが言った。
剣が無いと落ち着かないらしい。一種の職業病だろう。
「誰かに盗まれてたなんて、話にならないぜ?」
カイムが言うと、
「余の結界が張ってある。仮に破って手に入れたところで、普通の人間には扱えん」
答えには自信があるようだった。
「ジャスティスソードに劣らない武器………人数分はあるんでしょうか?」
抜目なくダンタリオンが言った。
武器を必要としてるのはダンタリオン、シャクス、オルマ、カイムの四人。最低三つあれば、ダンタリオンは魔法のスペシャリストだからなんとかなる。
ケファノスは四人を見て、
「案ずるな」
「そうですか。ならば問題はありませんね」
ダンタリオンもすっかりケファノスを信頼し、二言返事で会話が成り立つ。
武器を手にしたら次は輪廻の塔。
そこへはケファノスの肉体を取り戻す為に、伝説の不死鳥を求めた塔。存在すら危うい不死鳥を。
目指していたはずなのに、その時が近付くにつれ怖くなる。 野生の勘が、うざったいほど働いていた。
「時間構築魔法具は手に入ったのか?」
黒仮面は窓際の椅子に座り酒を嗜みながら、いつになく機嫌よくサン・ジェルマンに聞いた。
「光と闇を生む鏡『ディサグリン』、連鎖の循環をする『時の聖杯』………二つも手に入ったのは幸運だった」
「大層な肩書だな。さぞかし効果も絶大なんだろう」
ククッと笑って、サン・ジェルマンに訪れた幸運を皮肉った。
「ディサグリンは映した者の光と闇を変える。時の聖杯は連鎖の関係にないものに連続性を与え、本質そのものを変異させてしまう」
「フッ、たいした効果だ」
「時間構築魔法具は本来、単体で使うものではない。あくまで五つ揃って意味を成すもの。単体で使うことはまずない」
「時間を構築するアイテムで時間を壊し、時間という概念そのもののに終わりを与え、尚且つ時間が再構築出来ないように時間軸を一つにしてしまう。つくづく恐ろしいよ、サン・ジェルマンという男が」
「その理論に必要な情報はお前がいなければ得られなかった」
サン・ジェルマンは黒仮面の正面に座り外に目をやった。
「クダイはどうだった?会って来たのだろう?」
どんな見解を示すのか興味があった。
「戦闘経験はゼロに等しいのだろうな。殺気が無かった」
金の杯に入った酒に映る自分を見て、
「ただ、香水の香りがすると言っていた」
「香水?」
「ああ。俺の身体からな。それも、明らかにこの世界のものじゃないとまで断言されたよ」
「香水をつけて行ったのか?」
「フン………まさかだろ。生まれてこの方、香水を身体につけたことなど一度もない」
「ならクダイは勘違いをしたと?」
そう言いながらも、それは無いだろうと確信していた。
黒仮面は詳しくは言わない。ただ言わんとしてる状況は想像出来る。
クダイが感じ取った『香水』。クダイの世界にあるだろう造られた香りのこと。
だが黒仮面は香水はつけていないと言う。嘘を言ってるとも思えない。
「俺には部下がいた。十三人の。フッ、まあ部下というよりは仲間と呼んだ方がしっくりくるが。その十三人は全て女だ。俺から香水の香りがするとすればそいつらの『香り』だ。しかし、それも随分昔の話。するわけがない………香水の香りなど」
「面白い話だ。するはずのない香りを感じ取る。さて、これの意味するところはなんだろうな」
「嗅覚が優れているというレベルではないことは確かだ」
「見当はついている………か」
「………まあな」
「それは是非拝聴願いたい」
「慌てずとも、いずれわかることだ」
黒仮面はぐっと酒を飲み干し、
「そう………いずれな」
意味ありげに微笑んだ。