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第四十章 世界の半分

「あのテンス様………ホントの名前は何て言うだべ?」


「あれはケファ…………んぐぐ」


シスターのさりげない質問に、これまたさりげなく答えようとしたシメリーの口をシトリーが塞いだ。


(ダメよ!名前言っちゃ!)


危なかった。シスターはケファノスを恨んでる。今の姿のケファノスを天使と疑ってないのだから、名前を晒して夢を壊すこともない。


「なんかしただか?」


「う、ううん。そういえば名前何だったっけかなぁ……聞いたことあったっけ?まだ知り合って間もないから………ね、ねぇ、シメリー?」


ぎゅっと背中をつねって誘導させてやる。


「う、うん。聞いたような……聞いてないような……」


「そうなのけ?」


追求すべき箇所なのに、そうしそうもないシスターの単純さに乾杯したいくらいだ。


「そ、それよりクダイ達大丈夫かな?」


なんとか話題を変えたいシトリーは舵取をシメリーにも要求した。


「だ、だだ大丈夫じゃない?ケファノスもいるし………」


無惨と言うか………話の振り方が間違っていたのなら謝りたい。でも口にしたのはシメリー。ぽかんと口を開けたままのシメリーに、溜め息意外の皮肉は思い付かなかった。


「今………なんて………?」


しっかり聞いた。シスターの頭の中は真っ白だろう。


「ち、違うの!今のは間違いで!ケファノスはいい奴で………」


うっかりシトリーまでが零した事実。シスターが確信を得るのには十分だった。


「バカシトリー!」


「な……先に言ったのはシメリーじゃない!」


額をガチンッとぶつけていがみ合う。


「そんな………テンス様が………魔王……ケファノス……?」


ショックの隠しきれないシスター。タイミングとはよく出来たもので、


「救出して来たぜ!」


クダイ達が揚々と帰還した。


「ご心配おかけしました。皆様のダンタリオン、只今戻りました」


「調子のいい男だよ、アンタ」


ダンタリオンのシトリーとシメリーへの心くばりも、オルマにはかったるいだけだった。

シャクスが姿を見せ、カイムが姿を見せたが、シメリーは飛び付いて喜ぶ気にはなれなかった。


「ん?どうした?」


何となく空気が悪いことにクダイは気付き、


「あ、あのね………」


シトリーが横目でシスターを見る。


「休む暇はない。すぐに町を出る」


間を縫ってケファノスが現れ、


「シトリー、シメリー、眠いだろうけど出発するよ。準備しな」


オルマが姐御肌でリードする。

クダイ達もそれぞれ手荷物………と言っても大概の物は没収されてるので特には無い。やるべきことと言ったら、クダイ達を面倒見てくれたシスターへの挨拶。話は軽く聞いているし、要点だけを感謝して出発………のはずだった。


「シスター、クダイから話は聞きました。私達の無実を訴えてまでくれたこと、深く感謝致します」


ダンタリオンがシスターの手を取り、手の甲に軽くキスをする。


「わけあって先を急ぐ身の上。何の恩返しもせずに行くことお許し下さい」


シャクスも同じようにシスターの手の甲にキスをした。

騎士としての挨拶か何かなのだろう。

オルマとカイムは右手を胸に宛て会釈をした。

シトリーとシメリーはどうしたらいいか判断がつかないまま、全員が教会を出ようとすると、


「待ってけろ!」


呼び止め迷いなくケファノスを睨んだ。

つかつかと大股で詰め寄って来ると、


「おめー………魔王ケファノスなのけ!?」


刹那、クダイはもとより、事情を聞いていたダンタリオン達も心臓に負担がかかった。


「シトリー!シメリー!」


「「ごめんなさい!!」」


思わず上げたクダイの声で、二人同時に頭を下げた。

各々顔を見合わせやり過ごす方法を模索していると、


「………わかってしまったのだな」


誰が悪いわけでもない。クダイ達は匿ってくれたのだ。なら、バレてしまったのなら逃げるわけにはいかない。


「ホントに………そうなのけ?テンス様だと思ってたのに………」


神に仕える云々まで教えてくれた。それなのに正体は故郷の村を滅ぼした魔族の王様。にっくき魔王。


「う……嘘だべ………嘘だべ………」


「嘘ではない。余は魔王ケファノス。シスター、お前が憎む者だ」


かつてこの廃教会で、自分に生きろと言ってくれた人物同様に天使に思えた。その心が崩れそうになる。


「殺す………絶対に殺してやるだ!!」


シスターは燭台を手にしてケファノスへの裁きを向ける。

止めに入ろうとしたクダイ達をケファノスは、


「下がってろ」


ケファノスは責任取るつもりだ。

魔族がシスターの村を滅ぼした要因であることの責任。


「シスター、余を赦せとは言わん。ただ、願わくばしばしの猶予が欲しい」


「ふ、ふざけるでねぇ!!なして猶予なんか!!」


「世界をサン・ジェルマンの手から救わねばならん。せめてサン・ジェルマンを倒すまで………」


命乞いとは違う。今はどうしても時間が必要だ。それさえ済めば、いくらでも命など。


「そったらこと言って逃げる気なんだべ!おっとうやおっかあの仇………討たねばなんねだ!!」


シスターは燭台を持って突進した。

何があろうと赦せない。

ケファノスの顔面の寸で、シスターの手をオルマは掴み、


「な、何するだ!離せ!!」


じたばた暴れるシスターに平手打ちをした。


「結局………おめさんらもケファノスの味方………」


「そんなチンケな理由じゃないわ」


「んならなして邪魔さするだ!!」


「ケファノスを殺せば、アンタ自身、一生後悔するよ」


「かまわねだ!!ケファノスさえ………魔王さえ殺せれば!!」


「アンタ、仇討ちしたくてシスターの道を選んだわけ?だったらこんなもの捨てちまいな!!」


オルマの手はシスターの十字架の首飾りを引きちぎった。


「何するだ!!」


「あたしは神がどうとかわかんないけど、血に濡れたシスターの言うことなんて誰が聞くんだい?救いを求める者達を救う者が血を纏うなんて………」


同じ境遇。オルマも自分の町を滅ぼしたサン・ジェルマンを倒したいと願っている。だからシスターを止める権利など無いのかもしれない。

けれど、まだ若いシスターを血に濡らしたくはなかった。気持ちがわかるからこそ、敢えて止めたのだ。せめて今だけは。


「うっ………くぅ………」


涙を流し顔を覆うシスターに、


「余の命、時が来れば潔く差し出そう」


ケファノスは言って町を出た。










太陽が一日で一番高いところまで昇ると、いい加減目覚めろと強い陽射しをクダイ達に宛がった。


「う………ま、眩しい………」


野宿にも慣れ、クダイは“何事も無かったかのように”起きた。


「暑………」


たまにはまともに、思いきり寝てみたいものだと、オルマは額の汗を拭って思っていた。

見渡せばザンボル城下町からは大分離れ、既に町は視界の中には映らなかった。

いつもの朝なら、クダイとシャクスのうるさい声が飛び交うも、今回ばかりはシャクスもだるそうに木に寄り掛かっていた。

ダンタリオンと言えば、シトリーとシメリーを従え朝食の準備。まあ、かろうじて残った保存食のスープなのだろうが、疲れを惜しんでくれているので良しとする。

カイムは寝ぼけ眼でただ一点、そこに何があるかは定かではないが、見つめている。


「みんなぁ〜、朝食出来たよ〜!」


シメリーの性能の悪そうな目覚ましが鳴り、全員が空腹を満たす液体の前と、それはゾンビのように集まる。


「おはようございます。干し肉と………」


「説明はいい。早く食わせろ」


ダンタリオンの説明を遮り、空腹からかイラついているシャクスが言った。

仕方なしと、小さな器に出来るだけの量を込め、シトリーとシメリーに配膳を促した。


「ケファノスは?」


クダイが聞くと、


「見てませんが?」


ダンタリオンが眉を上げた。


「ほっといてやれ。あいつだって一人になりたい時くらいあるだろ」


シャクスは心情を読んでいたようだった。


「そうだな。その方がいい」


カイムは一言だけ言うと、干し肉となにやら草の入ったスープにがっついた。


「いただきます」


「まぁ〜す!」


シトリーとシメリーもカイムにつられてがっつきはしないが、やや行儀悪くスープを口にした。


「皆さん、食べながらでかまいません、ちょっと聞いて欲しいのですが………」


言葉を濁しながらダンタリオンは、


「これで食べ物は全て無くなりました」


全員のスプーンが止まる。


「私達はまだサン・ジェルマンや魔族と本当の戦いをしていません。本来ならこのまま輪廻の塔へ行きたいところなのですが、また寄り道をしなければならなくなりました」


「しょうがないじゃん」


何のことやらクダイが言うと、


「………この先に町なんか無いよな?」


カイムが嫌な事実を言った。


「戻るにしても、まさかエルフの国まで戻るのかい?」


ザンボル配下の町や村には行けない。しかし、エルフの国までも距離がある。時間だけでなく相当な体力の消耗を覚悟しなければならない。オルマはダンタリオンが何かいい案を出してくれることを望んだのだが、


「お金も僅かしか残っていませんし、忍んでザンボル領土内の町や村へ行っても、食料調達は出来ません」


それが答えだった。

ここまで来てまた戻るのか………誰もがそう思った矢先、


「その必要は無さそうですね」


ダンタリオンが見つめる先には、


「わ……わだすも一緒さ行く!!連れてってけろ!!」


背中にはとんでもなく大きなリュックを背負い、肩からも水筒を五つは提げたシスターが、頭を出し髪をおさげにしていた。


「ケファノスに逃げられては困るからな!聞いてるのけ!ケファノス!」


駆けて来たのだろう。重量感たっぷりのリュックを背負って。汗と肩で息をするのが表していた。


「あ、あれ?ケファノスさどこさ行っただ?」


キョロキョロと辺りを見回していると、


「食料くらい持って来たんだろうな?」


後ろからスッとケファノスがやって来た。


「のわっ!い、いづの間に!!」


「これからの旅……甘くはないぞ」


それだけ言うとケファノスはクダイ達の方へ行った。


「え、偉そうさ言うなで!!わだすはちゃんと監視さすっからな!!」


しかめっつらで怒鳴るシスターは、


「それど!わだすの名前はカカベル!シスターカカベルだべ!!」


丁寧に本名を明かしてくれた。


「そんなところで立ってないで、さあ、一緒に朝食でもどうです?」


ダンタリオンはいつもの三倍くらいの笑顔で、おさげ髪の田舎娘を呼んだ。

ずんずんとカカベルは歩いて来て、


「お、おめさん達が食えって言うなら食ってやる!」


見栄をきったのはよかったが、腹が空腹センサーを鳴らしてしまい笑われてしまった。


「食べなよ」


まだ口をつけてなかった自分のスープを、クダイは差し出した。


「……………。」


カカベルはスープを受け取り、


「あ……ありがとう」


顔を赤らめた。


「世界の半分は血の歴史で、もう半分は希望で出来ている」


唐突にケファノスはそう言い、


「これからもそれは変わらないのかもしれん。そうであっても、明日に希望を望めば、いつか世界が希望で埋まる日が来ることを望める。お前達ならそれが出来る」


全員を見た。と思う。

世界が希望で埋まる日。遠い理想でしかないのかもしれない。

でも、見る価値はある。そういう日がいつか来るのだと。

人には夢を叶える力があるのだから。


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