第三章 異世界の住人
「魔族や魔物達の動きが活発になってます。イグノア様はケファノスを倒せなかったのでは………」
白いローブを纏った神官は若い男に言った。
「あまり考えたくはない推測ですね。イグノア様はジャスティスソードを持っています。魔王と言えど、勝つのは難しいと思うのですが」
若い男は塔のてっぺんから遠い空を眺めていた。
緑色の綺麗な髪。優しい顔と穏やかな声。口調からも知性を感じさせる。
「やはりイグノア様一人では無理だったのではないでしょうか?」
「ふむ」
男は神官に背を向けたまま、なにやら考える。
「ダンタリオン様………」
ダンタリオンと呼ばれた男は、風と会話をする。世界の情報は、全て風が伝えてくれる。
「イグノア様と魔王ケファノスとの戦いで、空間に歪みが出来ているそうです」
「は、はぁ……?」
「魔物達がこの世界から外に出て行く可能性があります。早急に歪みを防がねばならないでしょう」
「あ、あの……イグノア様は?」
「その歪みに消えたそうですよ。魔王と共に」
終始穏やかに話したダンタリオンだったが、大きな不安を拭えないでいた。
クダイは今夜も廃校に来ていた。哀れにも、アフロヘアの天使のストラップになった魔王に連れられて。
「なあ、帰ろうよ。見たいテレビがあるんだよ」
ケファノスが前を行き、イグノアとの戦いで壊れた扉の上をスーッと通り抜けて体育館の中に入る。
クダイはつまずかないように、気を配りながら暗闇の中を進む。
「ケファノスってば!聞いてんの?早く………」
ケファノスはクダイの文句を無視して急に止まった。
「やっぱりそうか」
何かを見つけたらしく、納得している。
「なんかあったの?」
「見ろ」
ケファノスに言われて目を凝らすと、そこには黒いもやもやとしたものがうごめいていた。
「うわっ、気持ち悪っ!」
それは生き物のようにも見える。
クダイはケファノスより前には出ようとはしない。
「な、なんだろ?」
「ディメンジョンバルブだ」
「何それ?」
「お前の住むこの世界と、他の世界を繋ぐ時間脈。時間というのは生き物で言う血液だ。その流れは常に規則正しく流れ、世界の調和を計っている。だが、時に何かの原因でディメンジョンバルブが現れ、他の世界を繋いでしまうことがある」
「それってつまり………」
「ここを通れば余は自分の世界に帰れる」
それを聞いてクダイはホッとした。こんな得体の知れない奴と一緒にはいられない。エサをやることがないのはいいのだが、変な事に巻き込む気でいることは確か。さっさとお帰り願いたい。
「よかったじゃん!」
感嘆の声を上げ、ディメンジョンバルブの前に行く。
「僕なんかより優秀な部下が魔王様には着いてるんだろうし、頼るなら僕じゃない方がいい」
クダイは胸を張り、帰還を勧めた。
「ふざけるな。ジャスティスソードの持ち主は今はお前だ。お前にも一緒に………」
言いかけると、ディメンジョンバルブの奥から気配を感じた。
「僕は行かないよ。僕には僕の………」
「クダイ!離れろ!!」
ケファノスはディメンジョンバルブから斜め後方に素早く離れるが、
「話は最後まで聞けよ!」
クダイはそぶりもなかった為、背中にまともに衝撃を受けた。
「うわあっ!!」
前に一回転して転び、すぐに起き上がって後ろを見る。
「くぅっ………いってぇ〜」
しかし、何も無い。
「クダイ!上だ!!」
ケファノスがクダイの元に降りて来て叫んだ。
びっくりして慌てて上を見る。すると、
「キエエエエエエッ!!」
薄気味悪い声を出す、鳥?人間?がいた。
「なななななな、なんだ…あれ……」
「ガーゴイル!」
聞いたことがある。西洋のなんかに出て来るモンスターだ。
ガーゴイルは暗闇の中で切れるような目をギラギラさせてクダイを見ている。
「お、お前の仲間じゃないのか!?」
モンスターと言えば魔王の手下。ケファノスの命令なら従う………ものだとばかり思っていた。
「ガーゴイルは単なる魔物だ。魔物使いでもなければ言うことは聞かん」
冷静に言ってくれる。
「魔王だったらなんとかしろよ!ああいう輩の王様だろ!?」
もっともな意見には違いない。
「黙らせるのは簡単だ………こんな姿でなければな」
何と言っても、魔王様は今は天使の人形なのだ。憎たらしいことにアフロヘアでスマイルした。こんなセンスの無いデザインが、よくもまあ製品になったもんだと感心するくらいの。
「見た目で黙らせるのかよ!?」
「そういうことを言ってるのではない!肉体が無くなった事で、魔力が半分以下だ。おまけにジャスティスソードを時空間の中に仕舞う為に、残りの魔力は常に使った状態だ。今の余はガーゴイルに勝つことすら困難………」
それは何気に窮地に追い込まれていることを告げていた。
「そ、そんなぁ………」
へなへなとクダイは膝から崩れる。
「キエエエエエエ−−−−−−−−−ッ!!」
業を煮やしたのか、ガーゴイルが突然クダイに向かって突っ込んで来る。
「ひっ!」
情けない悲鳴と共に横に転がって回避する。
ガーゴイルは床にぶつかり、大きな穴を開け床下まで突っ込んだ。
「クダイ!ジャスティスソードを使え!」
ケファノスはそう言って、時空間からジャスティスソードを出す。
「バカなこと言わないでよ!僕に戦えって言うの!?」
ケンカすらしたことがないのだ。伝説の剣だろうがなんだろうが、戦うなんて偉業に近い。
「このままでは殺されるぞ!」
脅しではない。さっきは偶然避けただけの話で、次は無い。
床下からガーゴイルが飛び出て来る。
ズシンッと音を立てて床に足を着き、舌をペロリと出した。
「無理だよ〜……」
どんなクソゲーでも、自分と相手のレベルが釣り合わなければ、逃げるという選択が出来るのが当たり前だ。
「キエエエエエエッ!!」
クダイの苦悩も知らず、ガーゴイルは爪を立てて向かって来た。
「クダイ!!」
「う………ええいっ!もうどうにでもなれ!!」
クダイはジャスティスソードを手に取った。
−キィィィィン−
またあの音が響いた。何かに共鳴してるような音。
「キエエエエエエッ!!?」
ガーゴイルが飛び掛かろうとした時、ジャスティスソードの刃がビームのような光を発して、ガーゴイルを貫いた。
「あ………」
とぼけた声でクダイはぽかんと口を開けた。
そして、ガーゴイルはその身体を焼かれて灰になった。
「や……やった……倒した……」
ただジャスティスソードを構えただけだった。それだけでガーゴイルを倒してしまった。
(こやつ………ジャスティスソードの力を一瞬とは言え、解放したというのか?)
信じられないのはケファノスも同じだった。剣として使うのではなく、アイテムとして使うなど聞いたことがない。
「おやおや、これはどうしたことでしょう」
聞き慣れない声に、クダイとケファノスが振り返る。
「なぜあなたがジャスティスソードを?」
そこにいたのは、真っ白い鎧に身を包んだ緑色の髪をした若い男。
「貴様は…ダンタリオン!」
その男の名前をケファノスが叫んだ。
突如現れた魔物と異世界の住人。クダイはこれから訪れるだろう運命に、まだ気付いていなかった。