第三十六章 as if
衛兵達が惨殺され、騒然となる町。男はフードの奥でニヤリとしている。
「あ…………な、なんてことを………」
シスターは腰が抜け立つこともままならない。
「つまんない奴らだ」
それでも楽しそうな男は、シスターに手を差し延べ、
「大丈夫か?」
だがそれは“いい人”の顔ではなく、偽善の顔。
怖がり手を取らないシスターに、
「フッ。いいね、その表情」
自分を悪魔でも見るかのように怯える。それが見たいが為の惨殺。
「シスター!!」
そこへ、クダイ達がやって来た。
男の異常とも言える黒い気配。それが誰のものなのかもわかる。
「来たか、クダイ」
男はフードを取り素顔を晒す。
「ヨウヘイ……やっぱりお前だったのか」
唇を噛み、睨む。
シトリーとシメリーもおどおどしながらヨウヘイから目を反らさない。
サン・ジェルマンの身近な一人。そう聞かされれば当然だった。
辺りを見回し出したクダイに、
「心配しなくても俺だけだよ。お忍びだからな」
一人で来たことを告げた。
「こんな時に………」
ダンタリオン達が気掛かりだと言うのに迷惑な奴だ。友人とは言え、悪意が篭る。
「大丈夫?」
シトリーがシスターを起こしてやる。
「シトリー、お前達は離れていろ」
ケファノスがそう指示すると、シメリーも手伝いシスターを連れてその場を離れる。
クダイは三人が安全だと確認すると、ジャスティスソードを鞘から抜いた。
シャクスから教わった甲斐もあってか、慣れた手つきで刃が鞘から出てくれた。シャクスいわくここが重要らしい。鞘から抜く瞬間が剣がもっとも威力を発揮するとか。要するに居合抜きのようなものなのだろう。
ただ、今のクダイにそれを駆使する腕は無いが。
「随分サマになったんじゃないか?黄金剣が似合ってるぜ?」
「冷やかしなら帰れ。今日は忙しいんだ。大体、何しに来やがった!」
叶わぬ願いだ。帰れと言われて帰るようならこんな現れ方はしないのだろうし。
「遊びに来たんだよ。そういや他の仲間はどうしたよ?お前の保護者だろ?」
「余計なお世話だ!帰らないなら……」
ぐぐっとグリップに力を入れる。
「そうそう、そうこなくっちゃな」
ヨウヘイはスッと手を広げ、
「闇の力、見せてやろう」
屍人がヨウヘイの周りに集まって来る。
「クダイ、思った以上に苦戦するかもしれんぞ」
今のクダイが太刀打ち出来るか疑問になる。
「老婆心ならいらない。逃げるわけには………」
クダイが両足を踏ん張り目を閉じると、
−キィィィィン−
ジャスティスソードが鳴った。
「ジャスティスソードが………!」
そして再び開いた視界は、ジャスティスソードの光で溢れていた。
「相手はお前の友人。出来るのか?」
「………何回も聞くなよ」
クダイの中で変わったものがある。それが正義と疑えない。
行使する力と想い。正しいことをするのなら迷う必要など皆無。
「行くぜクダイ!!」
「ケガしてから泣くなよ!!」
クダイはジャスティスソードが示す道を歩み始めた。
「ヨウヘイ………困った奴だ」
幼子でもあるまいし、監視するなんてことは考えてなかったのがサン・ジェルマンの本音だ。
いなくなったことを伝えたアスペルギルスも呆れ返るしかなかった。
「所詮子供の浅知恵。放っておけ。それよりも時間構築魔法具の一つの在りかがわかったんだ、そっちを優先してもらわねば困る」
それは承知しているが、今無駄にヨウヘイの力を晒すことはしたくない。
「俺が行って来よう」
そう言ったのは黒仮面だった。
「お前らは時間構築魔法具を取りに行けばいい。あの少年は俺が連れ戻してやる」
「どういう風の吹き回しだ?」
「どういう?深い意味はない。忙しそうなお前らに代わってやるだけさ。暇だしな」
アスペルギルスにはそれが理由には思えなかった。
素性の知れぬ男だ、サン・ジェルマンに賛同し力を貸すだけとは言っていたが、信用などしていない。
一言一句として黒仮面のセリフは記憶する。そこからコンピュータのように分析するのだ。必ず思惑があるだろうから。
「ならばお願いするとしよう」
サン・ジェルマンは黒仮面に言うと、
「少し“しつけ”てやってくれ」
そう付け加えてアスペルギルスと共に時間構築魔法具を取りに行った。
「退屈凌ぎにはなるか」
黒仮面はヨウヘイのことよりも、ジャスティスソードを使うクダイの方に興味があった。